第1525話、すっきりする為に
「ヨイチ、先に行ってる事、伝えておいてくれ。警戒は、しろよ」
「きゅっ? きゅっ、わかた」
吐き気を我慢して、伝えるべき事だけを伝えて地を蹴る。
シオは恐らく、ネズミが引く車に乗りたいだろうしな。
そしてあの女王であれば、滅多な真似をする事はあるまい。
魔力循環で身体強化も済ませ、闇夜の空を高速で飛ぶ。
砲弾の様に飛び上がり、そのまま街も壁も通り越して、草原に着地した。
風の魔術で上手く速度を落としたので、着地で騒音は起きていない。
あるとすれば、突然俺が振って来た事に夜目が効く見張りが驚いている事か。
ワタワタと慌てているが、それを無視して草原の奥へとゆっくり足を進める。
『振り向いたら妹が居なかった!』
「お前は来なくて良い」
一人の時間をゆっくりしようと思っていたのに、何故お前まで来たのか。
ネズミを楽しんでいただろうが。そのまま二人と一緒に居ろよ。
『兄は妹と一緒にいてこその兄だもーん』
「シオだって妹なんだろうが」
『そうだよ? 妹の大事な妹で、兄にとっては二人共妹さ』
「じゃあシオと一緒に居ればいいだろう」
『どちらと一緒に居るかは兄が決める事なのさ! そして今は妹と一緒が良いのだ!』
「めんど臭いなコイツ・・・」
相変らず会話が通じない精霊との対話を諦め、もう少し奥の方へと進んで行く。
余り壁に近いと、あの女王は本気を出せないだろうからな。
あの壁は今後も娘を守る為に必要だ。民の支持を得て生きていく為にはな。
「しかし、何をやっているのか、俺は」
『ほんとだよー、何やってるのー?』
ただの現在地確認のはずが、何故国との喧嘩になっているのやら。
今回の件で誰が一番悪いかと言えば、やはりあの愚者ではあるのだろうが。
あの中年魔術師が余計な事をしなければ、ここまでの事態にはなっていない。
『兄はもう、お休みにしても良いと思うんだけどなー。チラッ、チラッ』
心の底からうっとおしい。口で言うな。
「お前、随分反対するな」
『そりゃー反対しますとも。ええ反対しますとも。妹が危ないことしようとしてるんだもーん。あの水晶、今までのとちょっと格が違うよー? 大分危ないよー?』
「・・・まあ、そうなんだろうな」
全力でぶん殴ったが、ヒビ一つ入らなかった。本当の水晶かと思う固さだ。
それに水晶が放っていた魔力の圧力も、今までの比では無かったと思う。
小娘の時はあっさりと殺せたが、それは相手が小娘だったからだろう。
戦闘に慣れた、技術を持った、経験値の高い女王が持てばどうなるかは解らん。
最悪俺が死んで終わる。その結末が有り得なくはないと感じる物だ。
『それに妹がやる気なくなってるの解ってるもん。やりたくないなら、やらなきゃ良いのにー』
「・・・」
やる気は、そうだな随分無くなってしまった。かなりやる気が削がれている。
正直面倒臭くなっていて、このまま去っても良いんじゃないかと少し思う程に。
俺はただ自分へ向けられた行動の報復が目的で、それは単純に怒りからもあった。
ただ別の側面として、甘い行動をした結果の問題、という物を見ている部分がある。
今回の件は、言ってしまえば『俺という国』を攻撃した様な物だ。
何処にも所属していないが、俺は俺という個人だが、だからこそ俺という個人勢力だ。
他の勢力から攻撃を受けても、殺されかけても、生きているからで許す。
そんな甘い対応をする存在だと、そんな風に思われるのが問題だ。
「このけじめは、誰かが付けないと、終わらん」
主犯格は殺した。邪魔をした奴も殺した。そして国王に責を問うた。
その答えが有効的な命の使い方だ。国王の命で全てを収めて欲しいという願いだ。
既にやる気の無くなった俺にとっては、それで全てを済ませて良い条件だ。
国に生きる者達にとって、国王の首を他国に取られる事はかなり重い事態だからな。
『むーん。もうちょっと曲げなって、何時だったか言われて納得してたでしょー?』
「―————」
その言葉を引き合いに出して来るのか貴様。貴様が軽々しく言うな。
アレは俺とアイツだからこそ意味が有る言葉だ。アイツだからこそ重みがある言葉だ。
ああ。だが確かに曲げるべきなんだろうよ。やる気が無いなら止めるべきなんだろうよ。
「いや・・・違うな。ああ、違う。俺はすっきりしたいだけだ。けじめはつける。甘い顔を見せる段階は過ぎている。だが、あのまま終わらせたくなかっただけだ。あの女を、戦う事を決めて生きて来たアイツを、もう一度戦場に立たせたかっただけだ。アイツは、戦士だ」
目が死んでいなかった。ボロボロの老体でありながら、目が生きていた。
もしアイツが健康であれば、動き回れる体であれば、状況はまるで違った。
だからだ。だからこのままアイツを殺して、そんな事をして何の意味が有る。
俺が不愉快で終わるだけだ。生贄の犠牲で事が済んで、俺の気が晴れる訳が無い。
ならば周囲を殺すか? それも奴と不愉快な戦いをするだけだ。ではどうすれば良い。
「すっきりするまで暴れ倒して、その上でアイツが死ぬ。最後の時間を戦場で終わらせる。それが奴にとっても、俺にとっても、一番すっきりする。だから、邪魔するな」
そうだ、結局はやりたい事は八つ当たりだ。
だから一番気分良くやれる状況にしただけだ。
『もー、妹は本当に頑固なんだからー。危なくなったら兄は止めるからねー?』
「止めるな。邪魔するな」
『やだもーん。妹が兄の言う事聞いてくれないなら、兄も聞かないもーん』
「貴様の提案を聞く理由が無い」
『むー・・・もうもうもう。妹はホント我が儘で頑固なんだからー!』
貴様に言われたくはない。我が儘の権化め。
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