第1524話、罪人の償いは

「叔母様には感謝しているのよ。これは本当。今までありがとう。お母様の代わりに私の面倒をずうっと見てくれて、それこそ娘の様に見てくれた。今まで、良く支えてくれたもの」

「そんな物、そんな物当然じゃないの! 妹の、可愛い妹の娘なのよ! 怖くて水晶から逃げた私を、妹が、娘の貴女に、こんな、なんでこんな・・・!」


 言いたい事が有るが言葉が纏まらない。そんな様子で女中は泣いている。

 最早国王に対する言葉づかいではなくなり、感情のままに口に出しているな。

 女王はそんな女中の前にしゃがむと、頬に手を添えて穏やかにほほ笑む。


「そもそも叔母様は水晶を受け継ぐ身から外れたんだから、余計に気にする事無いのに。お母様が水晶を手に取る頃に、私がお腹に居たんだもの。仕方ないわ。子が生まれた身で水晶を使ってしまったら、次はその子にしか使えない。叔母様だって試さなかった訳じゃないでしょ?」

「それは、だけど・・・!」


 あの水晶、そんな決まりが有るのか。それが水晶の呪いなのだろうか。

 何故そうなるのかは解らんが、呪いに理由や理屈を求めても無駄だろう。

 何か理由が有るのかもしれんが、その辺りに興味は無いしな。


「だからね、叔母様。もしまだ気に病んでいるなら、娘達を頼みたいのよね。特にこの子は私と違って、義務感で持ってしまった。私の様な適当な娘とは違う、真面目な子だから。お願いね」

「―————、一緒に、行っては、駄目、なの?」


 一緒に死にたい。大事に育てた娘と共に死にたい。この女中はそう言っている。

 だが女王はゆるゆると首を横に振り、笑みを消して声音を固くして続けた。


「もし少しでも私に罪悪感が有るのなら、叔母様はまだ生きて。生きて苦しんで。自分が罪人であると思うなら、死にたいと思うだけ生きないと駄目だわ。今回の事だって、叔母様が私を止めなければ、どうにかなったのかもしれないのよ? なら罪人は苦しんでこそ、でしょう?」

「・・・辛い事を、相変わらず、平気でおっしゃりますね、お嬢様・・・陛下は」

「ふふっ、口が悪いってしょっちゅう叱られたわね」


 若い頃の、戦う事を決めた頃の片鱗を見せる女王に、女中が冷静さを取り戻した様だ。

 そして少しの深呼吸の後、膝をついて礼を取った。


「陛下の命、謹んでお受け致します。この老骨、自らの罪を償う為にも、朽ち果てるまで尽くしましょう。貴女の様に最後まで」

「うん、お願いしたわ、叔母様」


 叔母の宣言を聞いた女王は、その宣言を最後まで見ずに足を踏み出していた。

 背中越しに最後の言葉を告げ、厩舎へと向かっていく。罪人にもう用は無いのだから。

 女中の方もそれを苦しいと思っているのか、小さく呻くもその場から動く事は無かった。


「ごめんなさいね、茶番を見せたかしら。でもあの人は死なせるより、この方が苦しいと思ったのだけど。貴女は、生きたいなら死ね、死にたいなら生きろと、そう言う人間じゃない?」

「どうかな。死にたい奴を、死にたくないと言う程に痛めつける事もあるぞ」

『妹はプンプンになってると色々過激だからねー?』

「戻って叔母様にそうする?」

「面倒臭いし、今は貴様とやるのが先だ」

『兄はもうそのままやる気なくなって、寝ちゃうのが一番良いと思うって何度も言ってるのに』


 俺が素直について来ている時点で、やる気がない事など察しているだろうに。

 もう俺が求めているのは、自分がすっきりする決着だ。あんな女中どうでも良い。

 むしろ国王の死が辛いと言うなら、わざわざ死なせてやる理由もない。


「こっち、よね?」

「はい、母上」


 兵士達は何人か慌てた様子で付いて来るが、この母娘は余り気にしていない。

 むしろわざと無視しているまで感じるな。あの女中相手と違って声をかける事も無い。

 厩舎に辿り着くとネズミ達の鳴き声が響き・・・鳥肌で忘れていた事を思い出した。


「そういえば、車を引くのはコイツ等だった・・・」

「ねずみー!」

『ネズミー!』


 女王がまさかの手慣れた様子で車に繋ぎだしたが、兵士達が慌てて変わる。

 いや、そんな事はどうでも良い。鳴き声が耳障りだ。気持ち悪い。完全に忘れていた。


「ギュッ」

「ギュギュッ」


 ―————吐きそう。駄目だ、この鳴き声を聞いていると色々萎えて来る。


「ミクねーちゃ、だいじょぶ?」

「だいじょばない・・・」


 ヨイチに対し、思わず変な言葉で返してしまう程に。これは駄目だ。逃げよう。

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