第1178話、魔獣と魔獣


 果たしてペイ達には、特に何事も無く出会う事が出来た。

 問題が無かった事に安堵する最近の自分が若干嫌だ。

 なぜか出歩く度に意図しない騒動が起きるせいだろう。


 特に今回はお家騒動が二連続だった。どういう確率だ。

 いやまあ、あの母親を殺した件については、お家騒動ではないか?

 だが俺を利用して立ち位置を確保しようとしていた訳で、やはりお家騒動か。


「シオちゃん!」

「にゃ!」

「ぺいちゃ! シャシャ!」

『ねこー!』


 シオは暫くペイとシャシャと抱き合い、キャッキャとはしゃいでいた。

 周囲の者達は当然微笑ましい物を見つめる目で、誰一人止める者は居ない。

 まあ現在地が村の中で、今日は一日休む所だったのが大きいんだろうが。


 これがもし移動中であれば、少しの挨拶の後で移動しながら話そうと言う事になっただろう。


「きゅー」

「あ、ごめんね、ヨイチ」


 そうしてヨイチも少し離れた位置で待っていたが、暫くしてシオの袖を引いた。

 するとシオはただの子供の顔から、少しだけお姉さん風を吹かせた顔になる。


「ぺいちゃ、このこはね、シオの弟、ヨイチっていうの」

『兄はまだ弟と認めてないけどね! 妹達にどれだけ怒られてもまだ認めぬ!』

「・・・え? 弟、さん? お兄さんじゃなくて?」

「うっ! おとうと! シオより、としした」


 シオの発言に驚いたのはペイだけでなく、周囲の大人達もだった。

 ただ直接発言者に確認せず、俺に視線で真偽を問うてきた。


「本当だぞ。弟だ。だから碌に喋れん」

「ことば、れんしゅうちゅう、なの」

「きゅぅ、わたし、ヨイチ、シオねーちゃの、おとうと」


 ヨイチは自分の事を言われていると思い、何時もの定型文を口にする。

 相変わらず本当に解っているのか怪しいが、それで大人達は納得した様だ。

 いや、正確に言えば困惑はしているが、否定する意味も無いからという所か。


「はぇえ・・・弟・・・大きいね・・・」


 ペイはまだ色々と呑み込めておらず、図体の大きなヨイチを見上げる。

 ただそこに恐れの様な物は無い。シオ自らの紹介と言うのが大きいんだろう。

 彼女の弟なら大丈夫。そんな考えが無意識に有る気がした。


「にゃ・・・」


 だがシャシャは逆に、若干の警戒を見せている。

 別に敵として現れた訳でもないのに、本能的に何かを察知したらしい。

 あの猫は賢過ぎるが故に、無駄な警戒をする事はしない。


 そんな事をした結果、主であるペイに迷惑がかかると思うからだ。

 いや、あの二人は主従ではなく、友人関係では有ると思うが。

 どの道ペイの為に行動するあの猫は、普通なら警戒など一切見せないだろう。


 それは信用が出来ないのか、それとも内に宿る呪いの力が原因か。


「きゅ・・・」


 それはヨイチにも伝わったらしく、少し猫を警戒していた。

 お互いに飛び掛かる事はないが、即座に攻防に入れる程度には。

 周囲の大人共は気が付いていないが、完全に臨戦態勢に入っている。


「こらっ」

「ぎゅ!?」

「シオちゃん!?」

『やったぜ!』


 だがそんなヨイチの頭を、背伸びしたシオがぺちんと叩いた。

 ヨイチはまさかの所からの攻撃に、驚愕の声を上げて目を見開く。

 音的にさして力は込めてないし、全く痛くはないだろう。


 だがシオだけはそんな事をしないと思っていたのに、という感じの驚きだ。

 ペイもシオの行動が良く解らず、突然弟を叩いた事に驚いている。

 精霊は喜んでいるが、お前本当に器が小さいな。


「ヨイチ、だめだよ。シャシャ、いいこなんだから。やさしいこだよ。ほら」

「きゅぅ・・・」

「にゃ・・・」


 ただシオはその後シャシャに手を伸ばし、シャシャの頭を優しく撫でた。

 それだけで何を叱られたのか、どうやらヨイチは理解したらしい。

 ショボンとした顔で背を丸めて小さく鳴き、猫も若干気まずそうな声を上げる。


 とはいえどちらが悪いかをあえて言えば、恐らくヨイチにはなるのだろう。

 先に警戒をしたのは猫だが、戦闘態勢に先に入ったのはヨイチだ。

 シオはそこをしっかり見ていた。だからヨイチを叱ったんだろう。


「え、ええと、シオちゃん、どういう事?」

「ヨイチ、シャシャのこと、こわがって、なぐろうとした。だからめってしたの」

『やーい、怒られてやんのー! やーいやーい! ざまーみろー!』


 怖がって・・・怖がって? そうか? アレは怖がっていたのか?

 若干俺とシオの認識に差異があるが、この場合どちらが正しいのだろう。

 まあ丸く収まった様なので、下手に口を出すつもりはないが。


「そっか・・・シャシャ、伏せてあげてくれる?」

「・・・にゃ~」


 ペイの頼みを聞いた猫は、溜め息の様な声で鳴きながら伏せた。

 そんな猫の頭を優しく撫でつつ、ヨイチの腕を取るペイ。

 ヨイチは一瞬困った様子ながら、抵抗せずにされるがままにした。


 そうしてヨイチの手が、シャシャの頭に置かれ、ゆっくり撫でられる。


「ほら、大人しいでしょ。シャシャは良い子だから、仲良くしてあげて欲しいな」

「・・・にゃ~」

「・・・きゅっ」


 優しい笑みで頼むペイに対し、猫もヨイチも「仕方ない」と言いたげな返事だった。

 ・・・うん? シオ以外の人間に従ったのか。これはちょっと意外だな。

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