第656話、引き渡しの為に

『妹の為に集めたのに・・・もぐもぐ。ピリッとするけど美味しいのに』

「ふざけるな、明らかに毒だったろうが」


 一応集めて来た事は好意だと判断して、絶対に毒だと思ったが一粒だけ食った。

 その結果舌が痺れた。俺の体の舌がだ。化け物の俺が痺れたんだ。

 つまり完全に毒の類であり、人間なら痺れた程度で済んでないだろう。


 言う通り本当に美味かったのが少し腹が立つ。

 昔『このピリッと来るのがが良いんだ』と毒を食って死んだ奴が何時かいた事を思い出す。

 家族にも勧める奴だったから碌でも無かったな。俺も勧められたが流石に断った。


『妹ならもうちょっと食べられるよ。大丈夫大丈夫。動けなくなっても兄が傍に居るから!』

「煩い。絶対に嫌だ。誰がお前の世話になるか」

『むー・・・ざんねん、もぐもぐ』


 おそらくは精霊の言う通り、ある程度までなら食べて大丈夫なんだろう。

 人間が多くの生き物よりも毒素に強い様に、化け物の俺は許容量が大きい。

 いやむしろ、一部の毒に関しては効かないまである気もする。


 勿論逆の可能性も有るだろう。実際一度、その一つに出会っているしな。

 何時だったか寄った組合で、老婆が吸っていた煙管の煙だ。

 そういえば有れに関して調べる事も、完全に忘れていたな。


 アレは明確な俺の弱点だ。思い出したなら近い内に調べた方が良いか。


「な、なあ・・・さっきから色々話してる相手って・・・その、精霊、なのか?」

「あん? ああ、そうだ。俺は精霊付きだ」

『兄です!』


 先程の男は言い合う俺と精霊の後ろを、トボトボという感じてついて来ている。

 その間特に口を開く事は無かったが、流石に精霊に疑問を持ったらしい。


「お前も、あの化け物みたいな存在、って事なのか・・・いや、もしかしてあの時乱入したのがお前なのか。だからここに居るのか?」

「別人だ。ここに現れたのはでかい狐だろう。アレは俺の傍には居ない」

『妹には兄が居るからね! 狐が居なくても大丈夫!』

「そう、なのか」


 男の言葉はそれで止まり、恐らく空気に耐えられなくて話しかけたんだろう。

 俺は相変わらず淡々と歩いているし、コイツに精霊は見えない。

 その上今の歩みは捕まる為で、処刑台に登る気分に近いだろう。


「別に逃げても構わんぞ」

『いいのー?』

「逃がしてくれるのか?」

「逃がす訳が無いだろう。逃げるなら怪我が増えるだけだ」

『それ逃げて良いって言わないと思うー』

「・・・だろうな」


 何故だ。逃げても別に構わんぞ。逃げる事自体は止めはしない。

 ただ逃げた時点で、無事に済ませるつもりがないだけで。

 ただこの会話で諦めがついたのか、男はこれ以降話しかけて来なかった。


『妹、妹、これと一緒に食べよう。この葉っぱと一緒に食べると、しびびってしないから。その代わりちょっとフラーッとするかもしれないけど』

「いい加減にしろよお前」


 何で真面に食える物を持ってこない。明らかにそれは毒と毒で誤魔化してるだろうが。

 精霊はそんな感じでやかましく、そうして暫く歩くと見回りの兵士と出会った。

 やけに毛深い獣に乗っている。犬の様な、でもなんか違うな。何が近いだろうか。


 取り合えずもふもふの四足の獣だ。この辺り主流はアレなのだろうか。


「嬢ちゃん、二人旅か? 後ろはお兄貴・・・親父さんか?」


 兵士は護衛も無く徒歩で立った二人の俺達を見て、おかしさを感じたのだろう。

 即座に近づいて来ると、男ではなく俺の方に確認を取って来た。

 他の兵士がさりげなく、男と俺の間に割って入れる位置に移動しながら。


「コイツは先の戦の残党だ。俺から荷物を奪おうとしたから捕らえた。兵士に引き渡そうと思ってついて来させている。持って行ってくれ」

『頼んだー! 何ならお礼にこの木の実と葉っぱあげるよ!』

「「「「「「・・・は?」」」」」」


 なのでちゃんと説明したにもかかわらず、兵士達は訳が分からないという顔を見せた。

 あと精霊が抱える木の実と葉っぱにも気が付いたからか、動揺が走っている。


「その、もう少し・・・うん、もう少しちゃんと話を聞かせてくれないか。今のじゃおじさんにはちょっと、理解に苦しむ返答だったから・・・それと、これ何かな」

『コレは木の実です! やっぱり食べたい!? 妹は要らないっていうんだー。美味しいのに』


 兵士の一人、多分指揮官なのであろう中年が、獣から降りてそう言って来た。

 面倒くさいな。俺はこの男を引き渡せればそれで良いんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る