第654話、戦場の事情

「さて、質問に答えて貰おうか。答えないというなら、少し痛い目に遭って貰うが」

『キリキリ答えろー!』

「ぐっ・・・何が聞きたい」


 断るかと思ったら、素直に応えるつもりらしい。

 やはり砦の時とは話が違うな。

 何にせよ素直に答えるなら、俺も手間が省けて良いが。


「先ずお前は・・・ええと・・・国の名前は忘れたが敗残兵という事で合っているか?」

『何て名前だっけ。兄も忘れちゃった』

「・・・そうだ。敗残兵で、逃げ遅れた間抜けだ」


 まあ流石にこれは確かめずとも解っていたが、一応念の為だ。

 ただの野盗、という可能性も無い訳じゃ無かったしな。

 実際罪をコイツ等に擦り付けて、人を襲ってる野盗も居る気がする。


「お前達の軍は敗走したと聞いたが、事実か?」

『逃げたんかー!?』

「そんな事聞いてどうする。俺がここでコンナザマな時点で、聞くまでも無いだろう」

「いいや、俺には意味が有る。本当に逃げたのか。敵を目の前にして敗走をしたのか」

『ちゃっちゃとこたえんかーい!』

「・・・ああそうだ。逃げ出した。本隊が撤退し、それを見て散り散りに逃げ出し、追撃を受けて死んだ奴も多いだろうし、捕まった奴も多いだろう。本隊はまんまと逃げたらしいけどな」


 つまり下っ端を囮にして、上の人間は逃げたという事か。

 砦の時は突っ込んできたが、逃げる選択が出来る人間が居たという事だろうか。

 そういえばあの国では、戦果を挙げた者を次期国王にするとか何とか言ってたか。


 なら逃げた軍は、その内の一人かもしれんな。

 王子王女本人ではなく、その指示を受けた軍隊だろうが。


「貴様らはてっきり一人になっても、全員死に絶えるまで戦う国柄だと思っていたが」

『そうなの?』

「そんな馬鹿な話が有るかよ。上が逃げたのに何で死ななきゃならねえんだ。俺達は所詮お貴族様に命じられて命を捨てろ、って理不尽に使われた捨て駒だ。命を懸ける義理なんかねえよ」


 それはそうなんだが、やはり何だか違和感が有るな。

 こいつ等は上に従って戦争をし、けれど砦の連中は最後まで戦った。

 この戦意の差は何だ。一体何故ここまで砦とココでこんなにも差がある。


「俺が知ってる戦場では、全員死ぬまで戦っていた。戦う意味なんざ無いと思ったが、それでも最後の一人になっても降伏しなかった。お前達の軍にはそういう連中は居なかったのか?」

『面白くなかったねー、あれ』


 男は俺の質問に対し即答せず、眉間に皺を寄せて考える素振りを見せた。


「・・・心当たりはある。今回の戦いの前に、陽動部隊が目を引き付けていると言われた。戦力はそちらに割かれていると。我々の勝利の為に彼らは命を落としに向かったと、そんな話を」

「成程」

『なるほどー? どういう意味ー?』


 つまりはやはり、あの部隊は死ぬ為の部隊だった、という訳だ。

 最初から最後まで、死ぬつもりの人間が集められたんだ。

 結果がどうなろうと関係なく、生きて逃げ延びる事等考えない連中が選ばれて。


 そしてそれだけの戦意の高さの理由は、今なら何となく解ってしまう。

 多分彼らは犠牲者の遺族だ。呪いの道具の為に犠牲になった者達の。

 だから捨てられてしまう。恨みで動けてしまう。怒りで何も見えていない。


 扇動された通りに敵を思い込み、そして敵の言葉など一切届かない。

 親を、子を、兄を、姉を、弟を、妹を、妻を、夫を。

 大事な人間を殺した連中の言葉など届くはずもなく、滅ぼす為なら何でもすると。


「胸糞の悪い話だ。そしてお前達は勝利を疑っていなかったと」

「上が自信満々だった。この戦争で負ける事は絶対に無いと。そして国民の仇を討つ為にも敵国を滅ぼさねばならないと。その空気に乗せられてた人間は多かったよ。結果がこれだけどな」

『大変だねー、もぐもぐ。この木の実美味しい。妹も要るー? そこにいっぱいあったよー』


 コイツ完全に飽きたな。食ってる間は静かだろうし精霊は放置だ。

 そう思っていると、男はぶるぶると震え始めたかと思うと、近くの木を叩いた。


「あんな・・・あんなの、アレに勝てる訳ねえだろ! あんな化け物に! 何が陽動だ! 何が策だ! しかも呪いの道具まで出しやがって! それじゃ正義もクソもねえだろうが!!」

「アレはお前らの軍から出た訳じゃ無いと聞いたが?」

「はっ、あんなに都合良く仲間割れをする奴が持ってるのが偶然だってのか。余りに間抜けすぎるだろうが。それに呪いの道具が化け物に吹き飛ばされたら、後方の連中は撤退の伝令もせずに真っ先に逃げたんだぞ。余程の馬鹿じゃなけりゃ、無関係とは思わねえよ」

「ああ、そういう流れか」


 前線に居る連中は、後方の撤退を知らせずに、文字通り捨て駒にして逃げた訳だ。

 撤退を知らせてないので前線は戦い続け、そこからジワリと後方の撤退が知られていく。

 見捨てられた事に気が付いた兵隊達は、散り散りに逃げる事でまたこれも壁と化す。


 逃げる連中を放置は出来ず、本体を追いたいが難しく、結果としてまんまと逃げだした。


「これでも愛国心は有った方だったんだけどな・・・ほとほと愛想が尽きたよ」

「その結果ここで野盗になって、子供を襲った訳か」

「っ、そうだ・・・でも殺す気はなかったし、怪我させる気も無かった。食料と金さえ手に入ったら開放する気だった・・・信じてくれるとは思わねえけどな」


 そこに関しては、初手で殺す気は無かった動きなのは解っている。

 だからこそ俺も殺さなかった訳だしな。

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