第629話、帰る場所の再確認

「うむ、やっぱり美味いな」

『ねー、美味しいねー』


 サーラの下へ向かった時とは違い、晴天の中景色の良い崖に腰を下ろして弁当を食べる。

 もう出発してから半分ほどは進んだが、まだ日の光は殆ど真上だ。

 朝食が遅かった事を考えると少々早い気もするが、位置的には丁度良いだろう。


 弁当は城に料理人の作った物なので、当然ながらどれも美味い。

 隣国で食べた時と同じく、冷えても美味しい工夫がされているのも理由だろう。

 あと今回はちょっとだけ気を使ったので、弁当の中はそんなに崩れてなかった。


『はー、おいしかったー。まんぞくまんぞくー』

「さて、じゃあ残り半分、とっとと駆け抜けるか」


 鞄を掴み、空になった弁当を抱え、魔力循環をかけてまた走りだす。

 ただし街道をゆっくり進む事は無く、飛び跳ねながら辺境にまっすぐ進んでいる。

 因みに街道を進まず足跡を残さなないルートを進むのは、本来余り宜しく無い。


 大体そういう連中はやましい事が有り、自分がどこに居るかを隠したい意図がある。

 という風に、目的地に到着した時に何かしらでバレた時に、そう思われるからだ。

 勿論言いふらさなければバレる事はそうないが、偶然バレてしまう事も有る。


 たとえば世間話の中で、普通に街道を通っていれば知っているはずの事を知らないとか。

 そうなると話した相手に疑われるだけなら良いが、衛兵がやって来る事も有るからな。

 勿論すぐさま御用とか、罪に問われるとかじゃないが、色々聞かれるのは間違いない。


 とはいえ俺には関係の無い事だ。気にせず真っ直ぐに直線に突っ切る。


「ギャッ!? ギャッー!」

「キャンッ!?」


 途中で鳥を驚かせたり、地上に降りた際にも獣を驚かせたりしながら。

 どちらも好戦的では無かったのか、驚いたら即座に逃げ出した。

 魔獣も偶に見かけたが、それも俺を恐れて逃げ出している。


 素の状態の俺なら兎も角、魔力を纏った俺は恐ろしい相手に見える様だ。

 下手に警戒を向ける様子すらなく、尻尾を撒いて逃げる魔獣しか居ない。


「辺境に近づいてもこうなるか・・・山の方だと、向かって来るのも居るんだが」


 もうそろそろ辺境の街が見えて来る、という場所でもそれは変わらなかった。

 相変らず街のこちら側と向こう側で、魔獣の強さの差が格段に違うな。

 とはいえ一般人からしてみれば、こちら側の魔獣も十分脅威なんだが。


 一体ぐらい狩って行くかと思いはしたが、今は手も塞がっているし止めておいた。

 鞄か弁当箱だけなら兎も角、流石にこの二つを抱えて更にというのは難しい。

 重さだけなら問題は無いが、体のサイズがいかんせん小さからな。


 括りつければいけなくはないが、そこまでして頑張る理由も無いだろう。


「よっ――――――あ、不味いな、降りるか」


 相変らず優秀な、目の良い弓兵が跳ねる何かを見つけ、デカい弓を構えているのが見えた。

 鳥の時と違い標的が小さいからか、まだ放っては来なかったが。

 だが視認できる距離なら、あそこの兵士は当てて来る。


『もう跳ねないのー? 兄はもっと高く飛ぶと楽しいな!』

「じゃあお前だけ飛んで行け」

『わーーーーーーー・・・』


 精霊を思いきり上空に放り投げ、森の中を突っ切って街道に出る。

 当然ながら魔獣が怯え惑い、運の悪い事に混乱して街道に出たのが居た。

 そのまま偶然通りかかった車に当たりかけていたので、先回りして横から蹴飛ばす。


「はひぇ!?」

「な、なんだ!?」

「魔獣!?」


 魔獣は頭を爆散させて吹き飛んで行ったが、車は慌てて避けようとして横転しかけていた。

 咄嗟に丈夫そうな部分を掴んで引き、車輪をしっかりと地面に下ろす。


「びゃあ!? ぶぇ、な、なに、なにが、え、おれ生き、てる・・・!?」

「なんだ、魔獣が吹き飛んだ!?」

「おい、無事か!?」

「何が起こった! なんだ、何がどうなった!」


 御者は何が何だか良く解らない様子で、恐らく護衛なのであろう者達も混乱している。

 それらに態々説明するのも面倒だなと思い、車の無事と魔獣の絶命を確認してから走った。

 背後から何か叫ばれている様な気がするが無視だ。そのまま一気に辺境の砦迄突っ走る。


「帰って来たな」


 砦の門を前にして、素直にそう思った。帰って来たのだと。

 やはり今の俺にとっては、ここが拠点の気分らしい。


『だねー! 今日は美味しい食事が食べられるね!』


 しれっと戻って来るな。後美味い食事はほぼ毎日食ってただろうが。

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