第628話、一旦どこに向かうべきか

「貰ってよかったのか、この弁当。もう返しに来れないぞ」

『いいのー?』


 遅めの朝食を食べた後、返した弁当箱が中身入りで戻って来た。

 だが今回は前回と違って、ここに帰ってくる予定は無い。


「良いのよそれで。元々そのつもりで渡した物だから。今後も使ってくれても構わないし、どこかで売っちゃっても構わないわ。別に家の印の入った弁当箱、って訳でもないし」

「そうか、なら有難く貰っておこう」

『ありがとねー!』


 物の良い弁当箱なので、そこそこ良い値段で売れはするだろう。

 だが別に売る程金に困ってはいないし、このまま持ち物とするとしよう。

 鞄に入れるには少々大きいので、鞄とは別で持たないといけないのが難点だが。


「我が家で着てたドレスも持って帰ったら良いのに」

『ねー、可愛かったのにねー?』

「鞄に入らないから要らん」

「送迎の車ぐらい出すわよ。貴女なら喜んで世話役も付けるし」

『お世話! おやつもくれる!?』

「走った方が早い」


 次の目的が何も無いのであれば、のんびり車での旅も良いだろう。

 道中の街によって宿に泊り、何かしら美味い物を探すのも悪くない。

 だがメラネアを探しに向かう以上は、余り時間をかけると見つけられなくなる。


 勿論見つからなかったら、それはそれで仕方ないとは思っているが。


「そ、じゃあ見送りはココで済ませておくわね。本当は街の外まで見送りたかったけど、そこまですると無駄に時間を取らせちゃうし」

「ここで十分だ。気にするな」

『見送りして貰えたら嬉しいよね!』


 嬉しいという事は別に無いが、悪い気はしない。

 だから別に何処で見送ろうと構いはしない。


「じゃあ、またな」

「っ、うん、またね、ミク様」

『またねー!』


 また何時か。別れの言葉であっても、再会の可能性のある言葉。

 それを俺が告げた事が意外だったのか、彼女は一瞬目を見開いてから応えた。

 ただ最後はとても嬉しそうに、片手を振って俺を見送る。


 彼女に振り返る事なく歩を進め、少し走って街の門も出る。

 その際に兵士達から敬礼を受け、事情を知らない一般人から不思議そうにされた。

 勿論それも無視して門を抜けたら、今度は魔力循環で強化して走る。


「さて、通り道では無いが、一旦辺境に戻るか、どうするか・・・」

『あれ、すぐに狐に会いに行かないのー? 兄はそれでも全然良いけど。牛元気かなー』


 牛の事も気になるが、一番気になっているのは装備の事だ。

 腹を貫かれた事で、穴が開いたコートと肌着。

 下手な防具よりも頑丈なそれが、思いっきり損傷した。


 ただし、今はもう穴は無い。一見しっかりと塞がっている。

 開いた場所を手で抑え、その状態で魔力循環をしたら直ったんだよな。

 とはいえ一度思いきり穴が開いたし、今もちゃんと直っているのか解らない。


 念の為本職に見て貰った方が良いのでは、という気はしている。

 それに精霊の言う通り、牛の様子もちょっと気になるしな。

 俺が居ない間に、連中が辺境にちょっかいを出していないとは限らないし。


「・・・よし、少し遠回りだが、一旦辺境に帰るか」

『わーい! 領主館のお菓子ー!』

「行かないぞ」

『何で!?』


 いや、行く理由が無いだろうが。目的は装備の手入れと牛の安否確認だ。

 別に領主に報告しなきゃいけない事じゃないし、戦争の件はどうせ知ってるだろ。

 むしろアイツの場合、少し時間をおけば隣国の出来事も把握してそうだし。


「そうだ、組合に寄ってみるか」

『くみあいー? 訓練するのー?』

「違う。組合の良く解らん魔道具で、メラネアの位置が解らないかと思ってな。一応現れた場所は解っているが、そこに居るとは限らんし、詳細が解るならそれが一番良いだろう」

『解るのかなぁ?』

「さあな。別に期待はしてない。解れば良い、程度の事だ」

『解ると良いねぇ』


 そうだな。解ると良いが、解らなくても仕方ない。

 条件を付けて来たなら、魔核の一つでも投げつけてやれば良いだろう。

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