第416話、縁

『おー、ねこー! ミャー!』


 精霊は現れた猫に対し、片足立ちで変なポーズを取った。

 何なんだそれは。挨拶なのか威嚇なのか何も解らん。


『おや、ここはおんし等の部屋だったのか。これは邪魔をしたの』

『そだよー。妹と兄の部屋です。いらっしゃーい』


 猫は猫で突っ込みの類も無く、その行動をさらっと受け入れた。

 本当に何なんだ。精霊だけに解る意味でも有るのかそれ。

 しかし今の言い方から察するに、俺が居ると解って来た訳じゃ無いのか。


「・・・俺かコイツに用が有った訳じゃ無いのか」

『うむ。久々の自由を謳歌しようと散歩をしていたら、偶々ここに来ただけよの。目的が有って歩いていた訳ではない。驚かせてしもうたならば、ここは素直に謝るとしよう。すまないの』

「別に驚いてはいないが・・・」

『なら猫も食べるー? いっぱい美味しいのあるよーもぐもぐ』


 猫の精霊に初めて会った時の威圧感は無く、魔力も殆ど感じない。

 むしろ姿を隠している、と言った方がしっくりくる気配だ。

 眼の前に居るのに、見えているのに、その輪郭があやふやに感じるな。


 そしてそんな精霊と話す俺に姿に、料理を運ぶ使用人達は不思議そうな顔を見せている。

 だが俺に付けられた使用人が気が付いたのか、手で合図を出すと皆がスッと部屋から出た。

 辺境領主の所の使用人といい、コイツといい、優秀な使用人にやたら会うな。


『ふむ、やはりこれでも見えるのかえ。まあ当然と言えば当然か。混ざり物だとしても、精霊の力は確かに持っておる様だしの』


 ああ、解り難いのは事実そうやっているのか。人間では見つけられない様に。

 ただ精霊も混ざっている俺の目には、見えているがあやふやになる訳だ。面白いな。


「見ただけでそんな事が解るのか?」

『解らんはずが無かろうや。むしろ解らんのであれば、それは精霊ではない存在よ』

『兄も解るよ! 妹は可愛いと!』


 言われてみれば、小人も初めて会った時から俺を『妹』と断言していた。

 つまりそれは、最初から俺の本質が見えていたという事か。

 魔獣が混ざっている事も、人間が混ざっている事も、他にも色々と。


 だがら魔核を食わないのかと、初めて魔獣を倒した時に言って来たんだろうしな。

 そういえば狐も『ああ妹』と即座に納得していた。牛もそうだった気がする。


「その割には、見て解る存在の間近に来るまで気が付かなかった様だが」

『儂がどれだけの時間を彼奴等の中で過ごして来たと思うておる。久々の自由なのだぞ。自らの体で歩き回れるのだぞ。少し浮かれて周りが見えてなくても仕方なかろう』

『わかるー。狭い所に閉じ込められると嫌だよねー』

「・・・まあ、そう、かもな?」

『だろう』


 矜持を傷つけてしまったのか、拗ねた様子で早口でまくし立てる猫。

 とはいえ確かに、久々の自由となれば気持ちは解るか。

 浮かれて周りが見えない事は、俺にだって無いとは言えないからな。


 むしろ経験した覚えがあり過ぎる。特に今生では山で何度かな。

 力を手に入れて、少し楽しくなって失敗、という身に覚えが多い。

 一番やらかしたなと思ったのは、やはりバリスタに撃ち落とされたあれだろうか。


 結果的に問題は無かったが、自分に対し少し考えれば解るだろうと言いたくなった。

 あれは多分少し楽しかったんだろうな。走るのとは違う浮遊感が。


「あの女から離れて良いのか。察するに、あれはお前が居ないとただの貧弱な娘だろう」

『確かにそうさの。儂の力を使う為に鍛えてはいるが、少々鍛えた程度の娘に過ぎん。儂の力が無ければ、その辺の魔獣にすら食われて死ぬだろうの』

「城の中はその魔獣よりも危険だぞ。精霊には解らん事かもしれんがな」

『なんだってー! どこどこ! 何処に危険が! うーん? 料理しかない。もしゃもしゃ』


 勿論目の前に居れば、魔獣の方が危険ではあるだろう。

 だが人間の方が、見えない所で何をするか解らない。

 貴族だらけの城の中は、下手をすると森の中よりも危険だ。


『解っておるよ。儂はあの娘の一族の中にずっと居たのだからな。人間の醜さなどよおく知っておるよ。そもそも馬鹿馬鹿しい事に、彼奴等を殺そうとした者達も居たからの。化け物の様な力を恐れて毒殺というやつよ。一世代前は助けを求めておいて、ほんに馬鹿馬鹿しい話よの』

「らしいといえば、らしい話だな・・・」


 おそらくあの娘の一族が力を持つ事が、不都合になった人間が居たのだろう。

 しかしそうか。全て解っていてあの女の傍に居ないのか。


「つまり、お前はあの娘から離れるという事か?」

『誰がそんな事を言った』

「・・・違うのか? 解っていて傍に居ないんだろう?」

『はんっ、儂を舐めるでないわ。この程度離れた所で見失いなどせん。それに儂はあの一族の封から解放はされたが、儂が先代と結んだ縁までは切れておらぬ。あの娘はその縁を継ぎ、祈りを胸に生きておる。ならば儂がどこで何をしていようとも、あの娘の事はすぐに解る』

「縁・・・っ!」

『もっしゃもっしゃ。この草美味しい。ん、どしたの妹。これ食べる?』


 その言葉に、思わず精霊を見た。もしゃもしゃと食事を食べる小人を。

 つまりそれか。俺とコレの間に、良く解らん『縁』とやらが繋がっているのか。


「猫よ、それはどうすれば切れる」

『ん? 精霊が望まぬ変わり様をしてしまえば、その縁は自然と切れるの』

「望まぬ・・・望まぬ?」


 猫の返答を聞き、思わず二回口にしてしまった。だって答えが出てしまったから。


『目を見開いてどしたの妹。やっぱりこれ食べたいの? しかたないなぁ、分けてあーげる』

「・・・嘘だろ」

『う、嘘じゃないよ! ほら、一杯あるから独り占めしないよ! 兄は妹に優しいから!』


 俺が何やっても可愛いと、愛しい妹というコイツのと縁は、確実に切れないと。

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