第341話、命綱の技術

「なあ、あれ支部長、だよな?」

「組合であんな派手な恰好してる女なんて支部長しか居ないだろ」


 訓練所の入口辺りで脛を抑えて蹲り、涙を浮かべながら痛みを堪えている支部長。

 当然ながら俺が蹴ったからだが、場所が場所なのでとても目立っている。

 折れてはいないはずだ。多分。


「・・・脛押さえてプルプルしてるけど、前かがみでこう・・・零れそうだな」

「・・・余裕が無いのかスカートも捲れてて、足も大分きわどいな」


 そして薄情な男共は、前かがみで堪える支部長を助けに行く様子が無い。

 むしろ鼻の下を伸ばしている。これも支部長の自業自得と言えるのだろうか。

 まあ当然女性の組合員も居るので、そんな男共に白い目を向けているが。


「・・・滅茶苦茶白い目を向けてから支部長助けに行ったの、お前の仲間じゃないのか」

「・・・うん、後で怖い」


 馬鹿しか居ないな。何時の時代もどの世界も割と良く見る光景ではあるが。


 支部長は訓練所の居た魔術師に治癒をかけて貰っている様だ。

 アイツ確か、自分でも一応治癒術を使えるとか言っていたはずなんだけどな。

 頭打った時もそうだが、なぜ自分でやらないのか。苦手なのか?


「まあ良いか・・・さて」


 後ろで起きているそれらを放置して、先ずは魔力循環始める。

 俺の主戦力であるこの技術は、今では何より得意な魔術となった。

 というか、これが使えないと微妙だ、という所もあるんだが。


 山奥に居る魔獣を相手にする場合、循環無しで殴り合うと力負けする時がある。

 魔核を大量に食った今の自分でも未だにある事なので、生き残る為の必須技術だ。

 まあ循環だけの話ではなく、様々な魔術を使わないと危ない事も多いんだが。


「・・・もう少し、強めに」


 それでも一番の命綱はこの技術だと、明確に断言できる。

 不器用な俺の戦い方を、確実に補助してくれる技術なのだから。

 身体能力を上げ、攻撃力も防御力増し、更には回復までしてくれる補助魔術。


 近づいて殴る事以外は下手な俺にとって、これ以上に無い程の最高の魔術だ。

 勿論他の魔術も便利ではあるが、それらを使いこなす為の時間が惜しい。

 ある程度の範囲で妥協して、それ以上の領域は諦めている。


 代わりにそれらの技術の為に使えそうな時間を、この魔術の鍛錬の為に注いでいる。

 特に俺の不思議な性質・・・この防寒具ごと循環できる特技とは相性が良い。


「ふぅ・・・!」


 だがこの訓練で少しでも慣れた制御を越えると、自分の不器用さを痛感する羽目になる。

 安定していた制御が突然ブレはじめ、凄まじい量の魔力が体から抜けて行く。

 風船に空いた穴から空気が抜けて行く様な急激さは、体に強い脱力感を与えて来る。


 思わず膝から崩れ落ちそうな力の抜け方。それをぐっと堪えて制御に集中する。

 歯を食いしばり、脂汗を流し、漏れ出る魔力を無視し、ひたすらに制御だけを。

 そうして魔力を垂れ流す事暫くして、やっと狙った強さでの循環を安定させた。


「はぁ・・・はぁ・・・!」


 ボタボタと大量の汗が落ちるのをそこで自覚し、疲労感が一気に押し寄せて来る。

 しまったな。また服を脱いでおくのを忘れた。開始は寒いからどうしても忘れてしまう。

 汗だくになった上着を脱ぎ、腰で縛って息を大きく吐く。


『妹頑張ってる!』『兄も頑張る!』『ていやー!』『なにおー!』『こなくそー!』


 小人共は何時からかは知らないが、増えてお互いにポコポコ殴り合っている。

 それが訓練になるのかどうかはかなり怪しい所だし、余り興味も無い。

 無視して一度ぐっと背筋を伸ばし、また循環に流す魔力を強める。


「うわぁ・・・何だあの化け物」

「まだ魔力が保つのかよ」

「師匠・・・!」


 誰が師匠だ誰が。一息ついたせいで周囲の声が耳に入って来る。

 どうも俺の放つ最近の魔力量は、魔術師でなくても感じられるらしい。

 更に魔術師の場合は当然しっかり解るので、俺の訓練を見物する人間もまた増えた。


 中には今師匠と言い出したやつの様に、勝手に俺を師と仰いでいる奴も居る。

 とはいえ何かを教えた覚えは無いし、教えて欲しいと願われた事も無いが。

 どうも目の前で技量の高い技を見せてやる事自体が、術師としては貴重な事らしい。


 まあ高い技量とはいっても、俺は身体の才能頼りなので、それより上の技術は無いんだが。

 自然に出来る以上の事をやろうとすると、一気に制御が出来なくなって失敗するからな。

 不自然な程の制御不可能加減は、明らかに俺が『技量』で制御してないと解る。


「ふぅ・・・!」


 元々制御出来ているのだから、補助輪がある様なものなのにな。

 鍛錬を続ければ続ける程、全くもって自分の不器用さが嫌になる。

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