第69話 ラスボス。
その後、美夜と梨々子の間には、なんだかんだで一時的な和平が結ばれたらしい。
決定打は、梨々子の世話焼き体質が理由だ。
なんと梨々子は、俺の部屋に美夜がいることを知って、彼女のぶんまで料理を用意していたらしい。
そんな態度を見せられて、敵わないと悟ったのか。
美夜は悔しそうにしながらも、俺たちの食卓に混ざった。
「……なにこれ、美味しい」
箸で餃子を一つつまむと、固かった表情もほぐれる。
菓子パン生活の美夜には珍しく、お米も進んでいるようだった。
「ん。でしょ? ひなくんはどう? 美味しい?」
もちろん、と俺は答える。
昨日食べたカップ麺の暴力的なうまさとは、また違う。
毎日でも食べさせてもらいたいくらいの腕前だ。梨々子が定食屋でも始めようものなら、毎日通うまである。
「あぁ、やっぱ、りりちゃん最高! これ、しじみ混ぜてるわよね? 私のため?」
「うん。遥姉、また深酒したって顔だったから。それに、あんまり脂っこくなってもダメかなと思って、ちょっと餡を工夫したの」
しかも、こんな気遣いまでできるのだから、すぐにでも、どこぞへ嫁に出しても恥ずかしくない。
……まぁそんなことになったら、俺たち姉弟の生活が終わるので、大変困ることはともかくとして。
大皿を四人で囲み、和気あいあいとした時間が流れる。今までにない組み合わせだったが、賑やかなのもたまにはいい。
なんて思ったのは、早とちりだったらしい。
「ひなくんの胃袋は、あたしが掴んでる。わかったでしょ?」
今度は、梨々子の方からけしかけてしまったらしい。
嫌な雰囲気に、俺は麦茶を一口含んで、乾いて仕方のない喉を潤す。
「……もしかして、最初からこれが狙い……!? 遥さんの評価含めて!?」
ふっと梨々子が口角を緩める。悪巧みをしているときの、どこか生き生きとした梨々子の顔だ。
美夜の手から、口に浅く咥えていた箸がぽろりと落ちる。
梨々子は、さぁ? と濁して、食事を続行しようとするが、美夜の方はおさまらない。
また、二人が騒がしく揉め始める。
姉は、それを見てなぜか興奮して足をじたばたして(山名家の品格が疑われるからやめてほしい)、酒のアテにしたい(先に冷蔵庫の一夜干しを食え!)、などと言い出す始末……。
ただ、今回も結果は見えきっていた。
寝起きの美夜をレベル1の勇者とすれば、今の美夜はレベル5程度。たしかに、少しは言い返せるようになっていたのだけど、
「……私これから日野さんのこと、ラスボスって呼ぶことにする」
美夜は、帰宅の片付けのため俺の部屋を訪れた際、ぼそりとつぶやく。
つまりは、こういうことだ。
些細なレベルアップをしたところで、うちの幼馴染は倒せやしない。身近な存在にして、小さな体にして最強なのだ。
日野梨々子という女の子は。
長年横にいる俺だってその底が知れないと思う。
「まぁなんとなく分かるけどさ。ラスボスより強い、裏ボスって感じ」
「うん、そんな感じ。もう完敗だよ、ほんと。なにあの料理、美味しすぎじゃん、超反則じゃん。私のお弁当とか比じゃないし……!」
「いいや。あれはあれで美味かったよ、ちゃんと」
「ほんと!?」
そう目が輝いたのは、一瞬だ。いやいや、と彼女は首をぶんぶん横に振る。
「山名は甘すぎるよ、私に〜……! 甘やかされてばっかも嬉しくないよ~」
ノートパソコンを入れたところで、眉を三角に落として、荷物を整理する手を止めた。こちらを見ないまま、唐突に言う。
「ねぇ、山名。やっぱさ、このまま撮影始めちゃわない?」
「なんだよ、急に。さっきまでは一回家に帰って、色々と準備してくるって話だったろ?」
金曜日、校外学習にて、大内さんに灯してもらったやる気の炎はいまだ消えていなかった。
だから、この土日は動画投稿のための撮影や編集だけでなく、生配信をすることもすでに決めていた。さっきSNSに告知を出して、準備も整えてある。
とはいえ、昨日はいろいろありすぎたし、美夜も俺も風呂に入れていなかったりもしている。
立て直すため、少し間を空ける。
さっきまでは、それで同意していたはずだ。
「だって、悔しいんだもん~。でもさ、この悔しさに打ちひしがれてたら、それこそ負けじゃん? あの子にずっと敵わないじゃん? だから、どーんと動画にぶつけるの! やる気満開だよ、私」
やる気の炎がメラメラと燃えているのは、こういう理由だったらしい。
「でも、お風呂とか色々準備あるだろー。ここにすぐ戻ってくるのも大変だろうし……」
「それなら、いい方法があるよ。今日は私の家、使おうよ」
「……今日もいないのか?」
「あは、起きたら『土日は帰らない』ってメッセージきてたんだよ。ここなら邪魔も入らない、今度こそ二人きり……ってそれはともかく! どう、名案でしょ。いいじゃん、このまま傍にいてよー」
美夜は膝歩きでこちらに近づくと、構ってほしい猫みたいに左右から俺を覗き込む。
いたずらっぽい笑みは、寝起きと違って、明るく適度に緩い。
昨日までならなんとも思わなかったかもしれないが、色々と聞いていたからこそ、思う。
明るく努めて冗談を隠れ蓑にしてこそいるが、家に一人で帰るのをなんとなく避けたがっているような……そういう感じ。
とはいえ、まったく確証もない。下手に心の柔らかい部分を突っつく趣味ももちろんない。
俺が黙り込んでいると、美夜が言う。
「ここは天才美夜ちゃんを信じてよ。これでロスタイムも削減できるでしょ? 私、ここで待ってるから山名シャワー浴びてきてくれない?」
「……分かったよ」
もし美夜がそんなふうに寂しさを隠しているのだとすれば。
不確定な理由だったが、頷かないわけにはいかなかった。俺は首を縦に振り、立ち上がる。部屋を出んとしたところ、
「あ、ねぇ今のやりとりさぁ。まるで二人で、そういう場所に入ったときの―――」
ここで扉を閉めてシャットアウトした。
なにを言うかと思えば、ろくでもない。
あぁんもう、冗談じゃん~! という不満の声は廊下で聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます