第48話 ラッキーボーイかは知らんけど。
事は、思惑どおりに運んでくれていた。
クラスメイトたちは、聖女の顔を被った悪女たる美夜を疑いはせず、次々にくじを引いていく。
あとはこのまま最後まで全員が引き、最後に美夜が
「自分の分、用意してなかったよ。残ったところでいいや〜」
と、あっけらかんと言えば、任務完了だ。
ちなみに俺の方は、くじを引かなくても誰かになにを言われることもあるまい。このお祭り騒ぎの状況で、俺のような日陰者の動向など誰にも気にしていない。
要するに、日陰者の役得である。
作戦はここまで、ほぼ完璧に遂行されていた。
だが、『好事魔多し』とはよくいったものだ。
「そういえば、美夜引いてなくない?」
美夜の友人の一人が、気づいてしまったのだ。
もちろん、この展開は想定内だった。
こんなこともあるだろうと、彼女のスカートのポケットには当たりである『10番』のくじが入っている。
自然な雰囲気を装って、引いたふりをすれば済む。
……のだが、美夜の様子は明らかにおかしかった。
「え、え、い、いいよぉ私は後で!」
ぎこちなく首を横に振り、明らかに偽物と分かる笑顔を貼り付け、手首をカクカクと動かす。
……非常事態に対応しきれず、壊れてしまったらしい。
さっきまでの名演技っぷりは何処へやら、電気信号の伝達がうまくいっていないポンコツロボットみたいに、不可思議な動作をする。
ただでさえ注目の的になる彼女だ。今や、クラスメイト全員の視線が挙動不審な美夜へと向けられていた。
「ほ、ほら、みんな先に引いてっ! というか、引けっ! 思うままに引けっ!」
美夜は、強引に事を運ぼうとするが、うまくはいかなかった。
「どうしたの、美夜。あんたが思うままに引けっ! って話よ」
「そ、そうだよね、私だよね……私か…………あはは〜」
クラスメイトの輪の中、美夜はまだ冷静にはなっていないらしい。
ポケットに入れたくじのことも頭から飛んでいるようだ。
助けを求めるような潤みを帯びた視線がチラチラと、一人だけ席についているままの俺に送られる。
雨の中、弱々しく鳴く子猫のようだった。もちろん、見捨てては置けない。
幸い、誰の視線もこちらには向いていなかった。
俺はおもむろに席を立つと、美夜に見えるよう、横にずれる。
ポケットを指差し何度も叩き、それで伝わらなかったら今度は実際くじを取り出して、袋に入れるパントマイムまでした。
(……滑稽すぎない、俺?)
でもまぁ、こんな阿呆な素振りすら注目されないのが俺だ。
みんなが美夜だけを見ている。そんな美夜は俺一人を見ているのだけど。
ややあって、やっと意図が伝わってくれたようだった。彼女はさりげなくスカートのポケットに手を入れたあと、
「分かった分かった。引くよ、もう〜」
袋に手を入れて、くじを取り出す。
かくして、クラスメイトたちをも巻き込んだ大イカサマは無事に成功したのだけど、
「え、細川さん、10番? 10番って誰だ!?」
「おいおい、男子は一人だけとか羨ましすぎだろ。誰だよ、ラッキーボーイは!」
「……俺だよ、ラッキーボーイかどうかは知らんけど」
最後には、微妙な空気にしてしまった。まあ、これは美夜と組む以上、どうしてもこうなる。運命のようなものだ。
あんなに騒いでいたのが、しんと静まり返る。
が、最小限の被害に抑えられたと言っていいだろう。
幸いにも、俺はこれくらい慣れているのだ。受け流し力だけは、人に誇れる自信がある。
赤松にぎろりと睨まれても、それくらいで怖気付いたりはしない。
「ほら班が決まったら、各自でルート相談しなさい」
淀んだ雰囲気は担任が手を叩いたことで、とけてくれた。
くじで決まった班ごとに集まり、当日のルート相談へと移っていく。
気になる三人グループのもう一人は、委員長の大内さんだった。
「うち、京都行くのすごい楽しみにしてたんです! 今回はまず嵐山、抹茶ソフトを買ってトロッコに乗りませんか? うちの推しがそのルートを通ってたんです。それから、それから――」
思っていた冷静な印象とは異なり、彼女はぐいぐいと話を押し進める。
推しというのが誰のことかは知らないが、やたらと情熱的だ。
俺と細川さんは目を見合わせて、同じタイミングでまたたきする。
完全に、置いてけぼりにされていた。その目は委員長としてではなく、一人のオタクとしてらんらんと踊っている。
配布された地図をかじりつくように見る彼女の姿に唖然としていたら、美夜は俺の耳元に口を寄せ、小さな声でささやく。
「ありがとね、山名。嬉しかったよ、さっきは助けてくれて。それから傑作だった、パントマイム。あれ見せたら、むしろみんなの人気者になれるんじゃない?」
「……うるさいっての。余計な事言ってないで離れろよ」
「あは、怒らない怒らない♪」
暴走委員長に負けず劣らず、美夜もかなり機嫌がいいようだった。
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