第31話 あぁん、もう!
彼女はなおも、どうにか隠そうと身体を割り入れてこんとする。
が、俺はその小皿のうち一つを手にした。
「……あとで、食べてもいいか?」
「え、ダメダメ! これは私が裏側でこっそり処分しておくから。ダイエットサプリみたいに、綺麗になかったことにするの! あ、そうだ! それを食べるっていうなら、明日からも学校での練習は継続だよ? いいの? 食べた瞬間だからねっ」
逆転の一手のつもりらしかった。一転、美夜は口角をあげると、勝ち誇ったようにふっふっふと笑う。
俺はまどろっこしくなって、メンチカツを手でつかむと、口の中に入れてしまった。
『捨てる』なんて聞いたら、身体が勝手に動いてしまったのだ。
美夜はすがるように、俺の肩をゆする。
「……ほんとに食べた。あぁん、もう〜! 吐き出して!」
実際を言えば、なかなか刺激的なありえないくらいスパイシーな味付けだったが、それは口にしない。
ここで一番大事なのは、彼女が俺のために料理をしてくれたという事実だ。
ごくり、なんとか飲み下す。
「ばか、できるかよ。それに、ちゃんと美味しいよ。捨てるなんてもったいない」
「嘘つき。私、味見してるんだよ? 味知ってるし。めちゃ辛い」
「えっと、まぁ、それはそれで面白いじゃん。新しい扉を開いたよ」
「……むう、馬鹿にしてぇ」
「してない、してない。むしろ尊敬してるんだよ。それに感謝もしてる」
「調子いいこと言ってくれちゃってさ。……これで、恋人練習、明日からも続行で決まりね?」
「いいや、それとこれとは別問題だ」
なっ、と美夜は声をあげる。
がたっとキッチン台を揺らすほどの動揺で、ガラスティーポットの中では、紅茶が大きく揺れた。
「さっき言ったじゃんか。食べたら、恋人練習続行で決まりって!」
「別に、俺は頷いてないだろ」
「そういうの、屁理屈って言うんだよ。モテないよ、そういうの。今日の女の子にも幻滅されるよ」
「そのつもりもないから、いいよ。モテモテっていじられるより、よっぽどな。とにかく戻って少し話し合おう。こっちの意見が全てとは言わないからさ」
美夜は少し迷ったように、俺を何度か上目に見上げた。それから、ちょっと乱暴にティーポットを掴むと、
「……あの失敗作を美味しい、なんて言ってさ。そんなこと言われたら、聞くしかなくなっちゃうじゃん。ずるすぎ」
本当に小さな声で、ぼそぼそと溢すように言い、あごの下を軽く突くようにグーをくれる。
「話し合いだけね。まだ決まりじゃないからね?」
と、渋々ながら認めてくれたのであった。
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