第23話 お嫁さんにしたくなったでしょ。
「遥姉、綺麗なのにもったいないから。ちゃんと規則正しい生活するだけで、すごく美人になるのに。肌荒れも、目の下のクマも消えたら、誰よりも美人さんなのに」
「あぁん、りりちゃん、いい子~! いい子すぎて、ひなに嫁がせたい……! 動画の美夜ちゃんより、やっぱり、りりちゃんがいい」
「……おい、お姉。朝っぱらからなに言ってるんだよ。まだ酔いが残ってんのか?」
「失礼な。酒を明日に持ち越さないのは、大学生の必須スキルよ。
そのまんまのこと。姉としては、ひなだけじゃなくて、私をセットで受け入れてくれる人じゃないと困るし? ひなと離れたら死ぬし」
治らないんだよな、このブラコン精神……。
朝一から堂々と寄生宣言をかます姉に、俺はため息を一つつく。
それから手を合わせて、梨々子の用意してくれた朝ごはんに手をつけていった。
紅鮭の塩焼き定食、たしかに味噌汁、サラダに玉子焼きもついてきて、それはまるで旅館の朝ごはんみたいなボリュームだ。
けれど、どれも安定して美味いのだから、多少量が多いくらいでは、どうということはなかった。
三人、綺麗に完食しおえる。
時計を見ると、7時45分。
時間もなんやかんやで帳尻が合わさって、ゆっくり歩いてもちょうど間に合うくらいの時刻になっていた。
「これくらい手伝うよ。なんでもやらせるわけにはいかないからなー」
俺はシンクに立ち、梨々子と並んで洗い物を手伝うこととする。
皿を握ったらなぜか淵を割るようなドジっ子属性な姉とは違うのだ、俺は。ほんとの最低限だが、生活を営むスキルくらいは持っていた。
泡を水ですすいだ皿を、梨々子に手渡す。
「お嫁さんにしたくなったでしょ。もちろん、本物の」
と、梨々子はなんの気なさそうに少しだけ口角をあげて言う。
俺は「どうかな」とわざと濁して返してやる。もう、これくらいの発言じゃ、お互いに意識をしあったり動じたりはしない。
むしろ、言葉の裏に潜んでいるトゲの方が俺には気にかかった。
今の発言は明らかに、誰かを意識している。
「……細川さんのこととなると、毒が混ざるよな、梨々子」
「最近、なんか動画の雰囲気変わった……ような気がするから。前より親しく見えるから、ちょっと思うところがあっただけ。なんにもないならいいけど」
「ない、って何回も言ってるだろ。あくまでビジネスの関係だ」
「ふーん。今日、突然お弁当いらないって言いだしたのも関係ない? もしかして、あの子に作ってもらう、とかない?」
それは、あまりにも的確過ぎる指摘で、一瞬どきりとして大きく胸が跳ねる。
しかし、例の恋人らしくなるための練習については、いまだ梨々子に伝えてはいない。というか、この先もたぶん伝えられない。
ずきりと胸が痛みはしたが、俺はそれを顔に出さないようにして首を横に振り、空のグラスを彼女に手渡した。
実際、俺と美夜との間には、なんにもない。
たとえ本物に見せかけるため練習を重ねていようと、それはあくまでビジネスの関係のため。
そう、だよな……?
と少し揺らぐのは、今日も『おはよう』のメッセージが来ていたから。
『今度モーニングコールしてほしいなぁ。朝から声聞くって恋人っぽいよ? 私がかけるのでもいいよ』
と、その内容は続く。
……これだけは、どうにか断ろう。
梨々子の怒りで、朝から食卓が地獄の空気感になってしまうのが目に見える。
俺の食事だけ、デスソースがふんだんに使われるなんて展開もごめんこうむりたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます