第44話 驚愕の助っ人
僕たちが緊張状態のアルセ市に向かうとあって、早朝から城内の一部では慌ただしくなっていた。
ヒーちゃんとケイトは、昨日の打ち合わせが終わると、すぐに開発局の研究所に行ってしまい、それ以降、二人とは顔を会わせていない。
ケイトがアルセに持って行きたい物があったらしく、その物の出来栄えをヒーちゃんに見てもらいたいと、彼女を連れて行ってしまったのだ。
僕は、オルガさんとアスールさんの二人と常に行動を共にすることとなり、夜中まで僕たち三人は、パソコンを使って、地球での有名な戦いや戦争で使われた軍事作戦を調べたりしていた。
オルガさんとアスールさんは、その中でも近代戦にとても興味を持っていた。
結局のところ、参考になるような戦いは見つからず、僕たち三人が目をこするながら、ワイバーンの厩舎がある離着陸場に到着すると、すでに出発の準備は出来ており、ケイトとヒーちゃんも、大きな荷物の前で僕たちを待っていた。
「これも、わしが運ぶのか?」
アスールさんは二人のそばにある荷物を見て嫌そうな顔をする。
「アスール様、アルセに必要な物なんです。お願いします」
ケイトは、彼女を拝むようにして頼み込む。
「うーむ。必要な物なら仕方がない」
アスールさんは折れた。
アスールさんがドラゴンへと変わる。
その光景を初めてみた者は、歓声とも恐怖ともとれる声を上げていた。
美女がドラゴンへ変わるのだから、複雑な心境になるのも頷ける。
ただ、
ドラゴンになったアスールさんの身体に、ヒーちゃんとケイトが荷物をくくり付け始める。
「熱っ! ケイト、紐がこすれてる!」
「えっ! ごめんなさい」
ケイトが頭を下げる。
「痛っ! ヒサメ、紐が食い込んでる!」
「えっ! ごめんなさい」
今度は、ヒーちゃんが頭を下げた。
大丈夫なのだろうか……?
しかし、二人ともよく登ったり降りたりできるなと思いながら近付くと、台車に梯子を付けた形の木製のタラップが用意されていた。
二人の昇り降りに合わせて、兵士たちがタラップを移動させていたのだ。
こんな物をいつの間に作ったのだろう。
「アスール様、何処か違和感や苦しいところはありませんか?」
ケイトが荷物の固定を終えて、アスールさんに具合を聞く。
彼女は、身体を軽くひねったり、翼を広げたりする。
「うむ。大丈夫だ!」
彼女の返事を聞いて、ケイトとヒーちゃんは彼女の周りを一回りすると、頷いて納得していた。
そろそろ出発かと思っていると、マイさんたちが見送りに現れる。
「あちこちに紐がくくり付けられていて、ドラゴンを捕縛したみたいな状態ですね」
レイリアが思ったままの感想を述べた。
それを聞いたアスールさんがケイトとヒーちゃんをギロッと睨みつけると、二人は、ペコペコと何度も頭を下げる。
まあ、背中と胸元に大きな箱が網で固定されているので、ドラゴンが捕縛されているようにも見えなくはない。
再びタラップが兵士たちによって、アスールさんに横付けされると、僕たちはその梯子を登って彼女の背中にのった。
そして、タラップが離れると、アスールさんは大きな翼を広げる。
少し離れてところで、クリフさんとシリウスがこちらに頭を下げている。
その横では、マイさんとヨン君が白いハンカチをヒラヒラさせるように、手を振っていた。
ミリヤさんとレイリアまで参加している。
この見送り方が定着しそうで怖い……。
アスールさんは翼をはばたかせて、ゆっくりと浮いていく。
そして、城塞都市アルセに向けて飛ぶ。
首都ユナハは見る見るうちに小さくなっていった。
「ん? ねえ、城や城壁に掲げられている旗って、あんな青いのだったっけ?」
ケイトとオルガさんが目を凝らすようにして確認する。
「「違います」」
二人はハモる。
「もう、確認できませんね。帰ってからでも大丈夫じゃないですか?」
「そうだね」
僕はケイトの言葉を受け入れる。
しかし、オルガさんが首をかしげたままでいた。
「オルガさん、どうしたの?」
「いえ、あの旗の紋章がユナハ家とは違うように見えたので……。しかし、離れすぎてしまって、ハッキリとまでは確認できませんでした」
「仕方ないよ。帰ってから確認しよう」
「はい」
視力の良い彼女が違和感を感じていることに、少し嫌な予感がした。
◇◇◇◇◇
前方にアルセならではの二つの城が見えてくる。
まだ、二~三時間しかたっていない。
ドラゴンって、どんな速度で飛んでいるんだ。
すると、アスールさんが急に高度を上げていく。
「アスールさん、どうしたの?」
「このままアルセに行ったら、アルセの味方だと思われるぞ。偶然、戦場を見かけて、面白そうだから見物に来た演出をしたほうがいいのだろう?」
「うん。そうしてくれると助かる」
彼女の意見に、僕だけでなく、ケイトたちも頷く。
「ところで、こんなに早くアルセに着いてしまいましたけど、私たちがドラゴンに乗って現れることを、シャル様たちは知っているんでしょうか?」
「「「「……」」」」
ケイトの発言に、僕たちは言葉を失う。
アスールさんも無言で、こちらに頭を向けていた。
僕たちの脳裏に、ユナハ市でおおごとになった光景の記憶が浮かぶ。
「「「「「アハハハハ」」」」」
僕たちは笑いだすと、思考を停止させた。
そのまま飛び続けていると、高度が高いおかげで、アルセ市の城壁から少し離れた所に、レクラム領軍が布陣しているのが見えた。
「うわー。かなりいるね」
「うっげー。ざっと見たところ、一万くらいはいそうですね」
ケイトが渋い顔を浮かべて、嫌そうに言う。
「アルセ市軍はどれくらいいるの?」
「だいたい、三千くらいですかね。ちなみに、ユナハ市軍が二千くらいで、ユナハ領軍が各地域に散っているのも集めれば、二万というところです」
「ユナハ市にいた使えない領軍はどれくらい?」
「聞いても驚かないで下さいよ。なんと、一万です」
通販番組みたいに言うな! っていうか、半分が使えないの……。
僕はうなだれるしかなかった。
「ちなみに、レクラム領軍って、あれで全部なの?」
ケイトは顎に手を当てる。
「うーん。レクラム領は宰相とつるんでいるだけあって、裕福ですから、四万はいると思います」
「そんなにいるんだ……」
あんなにいるのに、四分の一だと思うと、気が滅入る。
「フーカ様、誤解しないで下さいよ! レクラム領だけの人数ですからね。宰相と事を構えるならレクラム領軍の十倍はいると思って下さいね」
「四〇万もいるの……」
僕が嫌そうにケイトを見ると、彼女は苦笑していた。
「そうだ。辺境討伐軍はどれくらい合流したの?」
「確か、クリフ様の報告では、七千です」
「全然、足りないね」
「当たり前です。ユナハに軍事力があれば、すでに独立していましたよ!」
確かにそうだ……。
今まで、軍事力の差をそんなに意識していなかった。
僕は、何処かゲーム感覚でいた自分を恥じた。
「どうするのだ。そろそろ仕掛けるか?」
アスールさんは、上空での旋回に飽きたのか、声を掛けてくる。
「そうだね。アスールさん、行こう!」
僕の締まらない掛け声に、彼女は急降下を始める。
身体にGはかからないけど、怖い……。
オルガさんは分かるが、ヒーちゃんとケイトも怖がっていないのを見ると、男として悔しい。
地面が勢いよく近付いてくる。
そして、レクラム領軍の上空を横切ると、兵士たちから悲鳴が上がっていた。
しかし、攻撃はされない。
「アスールさん、もう一回。今度はもう少し高度を下げて」
「うむ」
彼女は旋回すると、再び、レクラム領軍の上空を横切る。
兵士が逃げ惑う姿は見えるが、攻撃を仕掛けようとはしてこない。
「うっ、ダメだ。今度は速度を落としてくれる。それでダメなら、一度撤退しよう」
「うむ。分かった」
彼女はできるだけ速度を落とし、レクラム領軍の上空をゆっくりと横切る。
兵士たちの中に、パニックを起こしている者も出始めているのが見えた。
攻撃されることを願うのは、何か変な感じがしたが、今は、攻撃してくれと祈るしかなかった。
パシュ、パシュ。ヒュン、ヒュン。
弓を放つ音が聞こえ、矢の風切り音がした。
アスールさんには届かなかったが、確かに攻撃された。
指揮官らしき者が、矢を放った兵士たちを叱責している姿を確認する。
「「「「よし!」」」」
兵士たちに見えないように、アスールさんの背中で伏せている僕たちは、ガッツポーズをとった。
「アスール先生、お願いします!」
「お? おう。任せておけ!」
僕が調子に乗って、先生なんて呼んだものだから、彼女を戸惑わせてしまった。
彼女はアルセ市の城壁を背にするように降り立つと、レクラム領軍に向けてブレスを吐く。
ゴォォー。
ジェット機の様な轟音が響き、冷気が漂う。
ん? 炎を吐いたはずなのに、何だか寒い。
僕は何かおかしいと思い、彼女の背中から、前方の見える位置に移動した。
辺り一面は焼け野原ではなく、凍結しており、日差しがキラキラと反射している。
アスールさんのブレスは冷気でした。
ブレスだから炎を吐くと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
アスールさんがブレスを放ったことで、レクラム領軍は逃げ出す。
効果てきめんだった。
彼らが撤退するのを確認したいので、アスールさんに、しばらくその場で鎮座してもらうように頼んだ。
そして、レクラム領軍が完全に撤退していくのを見届ける。
若干、ブレスに巻き込まれた兵士たちが出てしまったのは誤算だったが、仕方がなかったと自分に言い聞かせながら、その兵士たちに向かって両手を合わせ、冥福を祈る。
そんな僕の袖を、ケイトが引っ張る。
「フーカ様、後ろを見て下さい」
彼女に言われ、後ろを振り返ると、城壁の屋上に弓兵が並んでいた。
弓を構えていないところをみると、攻撃の意思はなさそうだけど、味方に撃たれるのはごめんだ。
「アスールさん、城側の入り口に向かって!」
「うむ」
彼女は翼を羽ばたかせて、飛び立つ。
すると、ヒーちゃんがリュックの中から、少し大きめの受話器といった形の無線機を取り出す。
「シャル、こちらヒサメ、城側、城壁門にて合流、荷馬車求む。送れ」
ヒーちゃんが無線を送信する。
「ヒサメ、こちらシャル、了。送信終わり」
すぐにシャルから返信が来る。
僕はヒーちゃんを見てあんぐりと口を開けた。
シャルに無線機を持たせていたの? っていうか、その口調、あんたらは自衛隊か!?
僕の知らないところで、事態が勝手に進んでいる気がして不安でならない。
城側の城壁の外に降りると、門が開き、騎馬隊が土埃をあげて向かってきた。
その後ろからは、豪華な馬車と荷馬車が、騎馬隊を追いかけるように走っている。
「もの凄い勢いで来ますね。シャル様は、フーカ様にお説教をしたくてたまらないんでしょうね」
「ヒィッ!」
ケイトに言われて、僕は少し後ずさる。
「まだ、結婚もしていないのに、尻に敷かれているというか、主導権を握られてますね……」
彼女が苦笑すると、皆も合わせるように苦笑する。
アスールさんはドラゴンの顔ではあったが、彼女も苦笑しているのが分かった。
僕たちを取り囲んだ騎馬隊は、敬礼をすると、アスールさんにくくり付けられている荷物を丁寧に降ろし、荷馬車へと積んでいく。
そして、豪華な馬車から見知った顔が四人も降りてくる。
僕は冷や汗があふれ出てくる。
何故なら、シャル、イーリスさん、アンさん、リネットさんの顔に渋い表情が浮かんでいるのが、見えたからだ。
アスールさんの背中から、騎馬隊の手を借りて皆が降りていく。
僕は降りたくなくて、アスールさんの背中でウジウジしていると、「えーい、さっさと降りんか!」と彼女に怒鳴られてしまい、渋々と降りる。
シャルが僕に近付いてくる。
笑顔だが心の底では怒っているのが、彼女の
「フーカさん、ありがとうございます。おかげで状況を打開できました」
彼女がお礼を言って、頭を下げた。
あれ? 怒っていない? 僕の感覚が外れた?
「それで、これはいったいどういうことなのでしょうか?」
彼女は笑顔なのだが、頬がヒクヒクと引きつっている。
やっぱり、怒ってた!
「えーと、助っ人です」
ピキッ。
彼女の額に血管が浮き出る。
「ええ、それはレクラム領軍を撤退させたのですから分かります。本当ならドラゴンの助っ人に驚愕しているところです。しかし、フーカさんが関わっているということは、何かしでかしたんですよね」
笑顔のまま、僕をキッと睨む。
「しでかしたなんて人聞きの悪い。炭酸水を見つけていたら、ちょうど湯治に来ていたドラゴン……アスールさんって言うんだけど、彼女と知り合ったんだよね……アハハ」
「うむ。その通りだ」
肩を回しながら、アスールさんがそばに来る。
「まさか、婚約することになるとは、わしも思わなかったがな。アハハハハ」
「「「「はっ!?」」」」
彼女は豪快に笑いだしたが、シャルたちが揃って疑問とも驚きともいえる声を上げた。
そして、シャルが軽く手を振り上げる。
ガシッ。
すると、アンさんとイーリスさんが、僕の左右の腕に腕をからめるようにして固定し、馬車へと引きずって行く。
シャルは、アスールさんに何かを話しかけると、二人で歩き始め、リネットさんはヒーちゃんに駆け寄り、話しながら歩いている。
そして、その後ろをケイトたちがついてくる。
馬車は僕たち九人が乗り込むと、ウルシュナ城へと向かった。
言うまでもなく、僕は車内で正座をさせられ、シャルとイーリスさんのお説教をらくらう。
馬車が城へ着くと、僕たちはリネットさんの執務室へ通された。
リネットさん、ケイト、ヒーちゃんの三人は、用事を済ませてから戻って来ると言って、退室してしまう。
そして、彼女たち三人が戻って来るまで、シャルとイーリスさんのお説教の続きが再び始まる。
もちろん、僕は正座です……。
リネットさんたち三人が戻ってきた時には、僕は
そして、アスールさんとの自己紹介が始まる。
ヒーちゃんとリネットさんは、初対面であったが、すでに二人で自己紹介を済ませていたので省かれた。
シャル、イーリスさん、アンさん、リネットさんの四人は、アスールさんの身元を知ると、あんぐりと口を開いたまま固まった後、今度は頭を抱えてテーブルに伏せてしまう。
それから、四人はアスールさんに無礼を詫びてから、自分たちの自己紹介をした。
四人の自己紹介が終わり、少し落ち着いてから炭酸水と温泉の報告を始める。
この件に関しては、ケイトが生産工場と湯治場の建設も踏まえて詳しく説明してくれたおかげで、すんなりと済んだ。
報告で一番の問題となったのは、ユナハ市に駐屯するユナハ領軍の脆弱さだった。
首都に駐屯している領軍が最も使えないという事実を、シャルだけでなく、帝都にいた者たちは誰も知らなかったのだ。
シリウスがいち早く気付いていなければ、今頃、使えない援軍がぞろぞろとアルセ市に向かっていたことだろう。
「今、シリウスが軍の改革を兼ねて、鍛え直しているし、任せるしかないよね」
「そうですね。アンも、戻ったら手伝ってあげて」
僕の意見にシャルも賛成し、アンさんにもシリウスの手伝いを頼む。
「……はい」
アンさんは、あまり気の乗らない返事をした。
まあ、約一万人を鍛えなおすのは、気乗りしなくても仕方がないと思う。
「おそらく、兵士ではなく、指揮官に任命されている貴族の子息たちが問題だと思いますわ」
会話を聞いていたリネットさんが眉間にしわを寄せて述べる。
「どういうこと?」
僕が質問すると、彼女は皆を見回す。
「ユナハ市にいる貴族の子息は、帝都貴族の影響を受けている者が年々増えているのです。彼らは部下たちに全て丸投げし、命令だけを出して、自らは何もできないボンクラぞろいですわ」
彼女は話した後に、溜息をついた。
彼女の話しを聞いて、ケイトを
僕は、あんなのが増殖していると思うと、危機感を感じた。
「話しは尽きないけど、続きは明日にしましょう。この話には、辺境討伐軍総大将、ヘルゲ・フォン・ゲーテバック辺境伯も交えたほうがいいでしょう。それに、フーカさんと彼の顔合わせもまだですからね」
シャルが話しを締め、皆が解散しようとすると、オルガさんが手を挙げた。
「シャル様、私の手紙を送っていただけましたか?」
「ええ、ビルヴァイス魔王国へ届くように手配しました」
「ありがとうございます。日数を考えると、そろそろビルヴァイス魔王国軍、第一〇一特戦群が、ユナハ市に派遣されてくると思うので、明日、詳しく話します」
「「「「「!!!」」」」」
僕たちは彼女の言葉に驚愕する。
「それって、今、聞けないの?」
僕が尋ねると、皆もコクコクと頷き聞きたがっていた。
「楽しみは、明日に取っておきましょう。それに、軍事の専門家を交えた時に話すべきだと思います」
彼女の言い分には正論も混じっていたので、僕たちは何も言えない。
そんな気になることを今言われたら、この後、悶々としそうだ。
何故、彼女はこのタイミングで言ったのだろうか……?
僕たちは後ろ髪を惹かれる思いで解散した。
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