第18話 第三投
目の前には盤上で仰向けに倒れているメリッサの姿。
黒いバニースーツは、溢れ出た鮮血色に染まりつつある。
「思い残したことはある? 最期の頼みだったら聞いてやってもいいけど」
そこに、声をかけたのはセレーナだった。
頼みを聞くつもりなんてない。命乞いをする無様な姿が見たかった。
「ぷっ……くはははははっ」
だけど、その思いに反して、メリッサは額に手を当て、笑っていた。
圧倒的に追い込まれているはずなのに。体も心もボロボロのはずなのに。
「……超不愉快。何がおかしいの」
「次、あんたは、自滅するっす。自らの手で」
問いに対し、起き上がったメリッサは、真っすぐな目で言い放った。
「はぁ? なんの根拠があって――」
それが心底面白くない。否定してやりたかったけど、
『第三投の準備が整いました。親番のセレーナ様、別室へ移動をお願いします』
ちょうどいいタイミングで、アナウンスが流れてくる。
「その減らず口、二度と叩けないようにしてやるから」
「せいぜい期待してるっすよ。あんたが踊り狂う様を」
互いの主張は平行線のまま、セレーナは別室へ移動を開始した。
◇◇◇
別室。セレーナは、壁掛け電話の受話器を取っている。
『指定の番号は――0か1。指定の番号は――0か1。でございます』
そこで、聞こえてきたのは、耳を疑うような内容だった。
「――は? 0か1? 0と1じゃなくて?」
『はい。0か1でございます』
「待って、数字は二つまで選ばないといけないはずでしょ」
『ええ。ですから、お伝えする番号は二つまででお伝えしています』
「……ちっ、もういいわ」
話にならない。それだけ言って、一方的に受話器を置いた。
◇◇◇
巨大ルーレット盤上。別室から戻ってきたのはセレーナだった。
(0と1以外に入れればあたしの勝ち、それだけ)
早々に、思考を切り上げると、目の前には、血塗られたバニーガールの姿。
『お待たせしました。スリーカウント後に、第三投を投下します。3――』
そこに流れてきたのは、三度目のアナウンスだった。
「うちは次、0を狙うっすよ。ボールの主導権は絶対に譲らないっす」
「でしょうね。あたしは0を避けるだけ。それで、お前は終わりだから」
『――0。投下』
短い会話を済ませると、投下される。今回も細工済みの白いボールが。
(一投目で意表を突き、二投目で予想を裏切り、三投目でさらに裏切る)
まず、一投目で、柔軟さを見せつけて、勝利する。
すると、二投目で、敵は球が柔軟だと思い込んで、自滅する。
そうすれば、三投目、敵は重いと思い込んで、うかつに手出しできなくなる。
「よっしゃあ、ばっちこいっす!」
しかし、メリッサは外周に立ち、ボールの行く手を遮っている。
(あいつ、何を考えて……。頭が悪すぎて思考が読めない)
そう考えている間にも、白いボールは、メリッサと接触していった。
「うおっ、軽っ!?」
今度のボールは、軽い。メリッサは戸惑っていた。
(でも、問題ない。ここで詰める)
敵の足は止まっている。その隙に懐に飛び込んで。
「くた、ばれ!」
食らわせた。顔面狙いの飛び膝蹴りを。
「ぐげっ」
「超ざまぁってやつ」
カエルのような声をこぼす相手を哀れに思いながら、言い放つ。
そして、そのまま、ボールを奪い、セレーナは盤の中心へと向かった。
(超余裕。後はこのまま押し込めれば、勝てる)
ボールを足で蹴り転がしながら、足元には33と書かれたパネルが見えた。
「これで、終わりよぉ!」
両隣の数字は1と16。ただ、狙いは0と1以外であればいい。
勝利を確信し、セレーナはそのまま力強くボールをポケットに押し込んだ。
「……はぁっ!? なんで、なん、で……っ!?」
しかし、なぜかぴくりとも動かない。
そこで、目を凝らしてみると、視界の端には白い糸が見えた。
「知ってるっすか? 蜘蛛の糸は、伸縮性と強靭性、その両方を備えているんすよ」
糸はボール全体に絡みつき、右手を掲げるメリッサの白手袋に繋がっていた。
「てめぇ……っ!!」
武器の使用は認めないルール。
だけど、これは武器としての使用じゃない。
恐らく、絡まっただけ。とでも言い訳するつもりだろう。
「たまたま絡まっちゃったみたいっすね」
ほら、きた。やっぱり思った通り。それなら、次は。――この次は。
「あーっと、たまたま手が滑ったっすぅ」
白々しくも、腕を振るうと、ボールも連動し、動き出す。
狙いは反対側にある0。釣竿のような要領でボールは投擲されている。
「さ、せ、る、かぁぁぁっ!」
すぐに中央の柱状になっている回転盤を駆け上がり、ボールに向かい跳んだ。
「確か、ボールが欠けた場合って、先に入った方が有効なんすよね」
あと一息でボールに手が届く。そんな時、メリッサの声が響く。
直後、目の前にあるボールが半分に裂け、重力に引かれ落ちていく。
(絡まった糸で引き裂いた。武器の使用は厳禁だけど判断するのは、エレナ!)
「だったら、なに!」
勝負を止める声は響かない。だとしたら続行。
すぐさま、欠けた片方のボールを空中で掴み、答える。
「だったら、うちの勝ちだって言ってんすよ!!」
地面には、もう片方のボールをキャッチしたメリッサの姿。
そして、相手が向かう先には、0と書かれたスポットが見える。
(早く、早く……っ!)
遅れて着地すると、足元の数字は1。
(くっ、よりによってこの数字っ!)
本来なら別の数字に入れればいいだけのこと。
だけど、別の数字に移動する分のタイムラグで負けてしまう。
(敵の本命は0。数字を選んでる暇は、ない……っ!)
「――こなくそっ!」
セレーナは叩きつける。手に持っていた、ボールを。
『そこまで。同時に投下されたため、これよりビデオ判定に入ります』
アナウンスが流れ、勝負の結果は判定に持ち越されることとなった。
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