・香ばしいふわふわの経験値のバターロール - パンパカパーンッ♪♪ -
薄く油を塗った鉄のトレイにバターロールを乗せて、それを抱えてパン焼き窯に入れた。
それが済むと、次はパン焼き窯の燃料室に追加の炎を入れる。
あたしが女1人でパン屋さんをやっていけるのは、魔法が得意な純血のエルフだから。
一度放てば薪無しでも1時間は燃え続ける魔法、フレイムをパン屋き窯の燃料室に撃って、赤々と燃え上がる炎を確かめてからふたを閉じた。
それから夕飯の準備をしながら、攻略本さんとまた話した。
行くところのない攻略本さんと、独りぼっちのあたしは、なんだかいい話友達になれそうだった。
・
「でっきたーーっっ、いっただきまーすっっ!!」
夕方になるとやっとパンが焼けた。
窯から焦げ茶色の甘い匂いのするバターロールを取り出した。
ミトンを付けたままの手で、熱々のパンにかじり付いた!
だって、そのパンはいつもと全然違ったから!
すっごく香ばしい良い匂いがして、それがバターの芳香と混じり合った甘い香りを嗅いでいるだけで、お腹が鳴ってもうしょうがなかった!
「うっわぁぁぁーっっ、ふわふわだぁぁーっっ!!」
『だが、その力で、どうやって村を救う……』
外の皮一枚はパリッとしていて、だけど中はふわっふわ!
指で裂くと中はきめ細やかな気泡でいっぱいで、我ながらなんていい仕事をしてしまったのだろうと、感動した!
「勇者の力って、凄い! あたし、パン作りの天才になっちゃったのかもっ!!」
『……納品はいいのか?』
「あ、それはあら熱を取ってからかな。ああ、全部、食べちゃった……」
これ、宿屋さんに届けなきゃダメかな……。
これ、全部独り占めしたい……。
『パンパカパーンッ♪♪』
と思っていたら、あたしの頭の上で怪奇現象が起きた!
短いけど華やかなファンファーレが響き渡った!
あたしはやっぱり頭がおかしくなっていたのだろうかと、途端に不安になっていった……。
『そんな顔をしなくてもいい。その現象は、勇者とその仲間にだけ起きる現象だ。それはレベルアップという』
「あ、それって本に載ってたやつだね」
そうあたしが返すと、また攻略本さんが深く考え込むように黙り込んだ。
『……だが、なぜ魔物を倒してもいないのに、レベルアップをしたのだ?』
「そんなこと、あたしに聞かれてもわかんないよ」
あたしは超ふわふわのバターロールを食べただけ。
だったら変なのはあたしではなくて、このバターロールだ。
そうだ。
素材の特性を見抜くあの力で何かわからないかな。
そう期待して、あたしは意識して傑作バターロールを見つめてみた。
――――――――――――――――――――――――――――
【経験のバターロール】
【特性】[濃厚][ふわふわ][もりもり][魔法の力]
【アイテムLV】2
【品質LV】 2
【解説】食べた者は(品質LV×100)の経験値を得る。
――――――――――――――――――――――――――――
「わっ、凄っっ?! 経験値って、魔物を倒さなきゃ手に入らないやつでしょっ!?」
攻略本さんは顔がない。
黙っていると何を考えているのかわからなかった。
あたしは攻略本さんを手に取って、モンスター全集の項目を見てみた。
スライムの経験値が2だから……。
このバターロール1つで、100匹分の経験値が貰えるってこと?
あ、そっかっ!
「わかった! このパンで、村のみんなをこっそり強くしちゃえばいいんだよっっ!!」
モンスターに襲われてみんなが殺されちゃうなら、そのみんなを強くしちゃえばいいんだ!
そうすれば、モンスターなんて怖くない!
『コムギ……』
ちょっと上擦ったような声で名前を呼ばれた。
「え、ダメ? いい考えだと思うんだけど……」
『明日、同じ物を作れるか試してみてくれないか?』
「うん、もっちろん! 納品が終わったら、朝に焼く分の生地を作らなきゃいけないもん!」
彼の声には弾む心を押し込めたかのような、なんだか複雑な響きがあった。
素直にこの魔法のパンを喜べばいいのに、いちいち悲観的に物事を受け止める人だと思った。
『こんな発想はなかった……。勇者とコムギ、騎士ロランの3人に村を守ってもらうつもりだった……』
パンのあら熱はそろそろよさそう。
あたしは絶句する攻略本さんをそっとしておくことにした。
バターロールを出荷用の木製トレイに載せていった。
そのトレイは積み重ねられるようになっていて、トレイの上にトレイを載せるとそれがふたの代わりになる。
平たくて潰れたら困るパンのために、うちの一家が代々使っている物だった。
「じゃ、宿に届けてくるね! お客さんきたら接客お願いっ!」
『協力には感謝するが、すまぬがそれは無理な注文だな……』
「え、なんで……?」
『私は君にしか見えない。君にしかこの言葉も通じない』
「あ、そっか……。でもなんだかそれって……」
凄く、寂しいような……。
だってやっと幸せだった頃に帰ってこれたのに、誰も自分に気づいてくれないなんて……。
あたしなら辛すぎて、絶対泣く……。
『帰ってきたら、また私の話し相手になってくれ』
「うんっ! えっと……行ってきます!」
『いってらっしゃい』
あたしは積み重なったトレイを抱えて店を出て、それをホリンが整備してくれた台車に乗せた。
それから酒場宿『トネリコ亭』のゲルタさんの元を訪ねて、村中央の小さな丘を上っていった。
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