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返信(その1)
幾ばくかの戦死者の家族にとってはもたらされた悲しみは決して小さくはなかったかも知れないが、先の内戦に比べればこのたびの国境紛争はいくさとしては規模も小さく、王国側の損耗も極めて軽微と言えた。
一方で、王国にもたらされた吉報としては、戦乱を経て即位に至った若きクラヴィス王がいよいよ妃を迎える事となり、その旨が国中に広く布告されたのだった。
そもそも若き王の即位までには大きな混乱があった。それゆえに王権を確かなものにするために、王が伴侶を得て世継ぎの子を儲けることは喫緊の課題と言えたが、こればかりは相手があっての事なので思い立ったらすぐというわけにもいかない。
もちろん、クラヴィスが王位につくまでには幾多の者たちの助力があった。ことに彼に軍勢を貸し与えた大物領主のうち、年頃の娘を抱える者たちには、あわよくばという期待も少なからずあっただろう。一方では、そのように露骨に戦功恩賞のように妃選びをするのは、兄アルヴィンを推して割を食う形となった王都の貴族たちの不満をよりいっそう煽るばかりである、という見方もあった。
実を言えば、この二人の王子にはそもそも幼少の頃より許嫁とされた相手がそれぞれにあった。跡目争いの混乱で正式に内外に発表される機会を逸してしまっていたこと、先王も死去し騒乱を経て王宮の様相も様変わりして、それはすっかり忘れ去られた話となっていたのだった。
そんな折に持ち上がって来たのが、このたびのクラヴィス王の妃探しという問題であった。先の跡目争いのように周囲の者たちの対立が不用意に深まるよりも前に、早期に決着を図るべくその古い話が蒸し返される運びとなったのだ。
しかし調べてみると、元々クラヴィスの許嫁であったレーベルク家の令嬢ミリアムは、内戦終結の直後に残念なことに若くして病没しており、他に妹もいたがこれも他家に嫁いだ後であった。
そのレーベルク家は娘が早くにクラヴィスの許嫁となっていた事もあって先の内戦の折にはどちらを推すとも表明せずに中立を保っていたが、一方で娘カタリナがアルヴィン王子の許嫁であったオルレイン家は、当時大々的に兄王子支持を打ち出していたこともあって、いくさが終わって当の王太子が行方知れずになってしまったのちの凋落ぶりは気の毒ですらあった。
そのアルヴィン王子の許嫁だった令嬢、カタリナ・オルレインは御年二十二歳。クラヴィス王とは同い年であったが、そういう経緯があってなかなか嫁ぎ先も見つからずに困っているという話だった。このたびの妃探しがそもそもは周囲の対立を招かぬようにという狙いであることを思えば、元々のアルヴィン王太子支持派との融和を図るという名目のもと、クラヴィス支持の有力者たちも表立っては反論しづらい人選であるように思えた。
そのような経緯でもって、実際にその名前が候補として伝えられるところになると、多くの者にとっては意外であっただろうが、とくにこれといった異論も持ち上がっては来なかった。やがて結婚式までの諸々の段取りが遅滞なく執り行われるに至って、あとは世継ぎを待つばかりと関係者は皆一様に胸をなでおろしたのであった。
* * *
そのような出来事があったことを除けば、そこからは実に何事もない、平穏な年月が続いた。
変化といえば、ウェルデハッテの診療所で長らく医師を努めたハイネマンが、ついに村を離れていった事くらいであったか。
先の内乱の頃に難民たち相手に医者として尽力してきた彼は、いくさの後も村に残って人々を救うと同時に、そういった医者が不足している現状をずっと憂いていた。ハイネマンのその篤志といえる活動に賛同の意を示す若者達が、彼の下で医術を学ぶために少しずつウェルデハッテに集まってくるようになり、暫くの間に僧院はそのような若者たちを教える私塾のような様相を呈するようになったのだった。
ギルダもまた薬房の管理を続ける傍ら、そのような若者たちに混じってハイネマンに教えを乞うのだった。元々医術の心得があったわけではないが、兵士として、あるいは魔導士として人間の身体の構造についてはある程度の見識があり、またこの診療院での実務の経験も長くある。何より、人造人間の彼女には一度身に着けた知識はきわめて正確に記憶出来る能力がある。読んだ書物の内容を忘れる事もないし、人が言った事を曖昧に覚え違えることもない。ハイネマンにしてみれば、彼女は実に優秀な生徒と言えただろう。
そのうちに、ハイネマンにはもう一つ大きな目標が出来た。そのように若者を教える場をウェルデハッテのような寒村に置くのではなく、王国の中心たる王都に学校を開くことで医術を志す若者たちに広く教えを説きたい、という風に彼は考え始めたのだった。やがてそれを実行に移すべく彼は村を離れ、王都に居を構えて王宮に対し辛抱強く請願を続け、やがて私塾を開設するに至ったのだった。
彼が村を去ったあとのウェルデハッテは、ギルダの他に彼の下で学んだ若い医師が持ち回りで当地に赴任しては代理を務めることとなり、それをギルダとアンナマリアとで支えながら切り盛りしていく事になったのだった。
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