出征(その1)

 そのような騒動があってから、三か月ほどが経った。

 コッパーグロウとの対決で負った傷はやはり浅手とは言えず、本調子に戻るまでも随分かかったものだったが、ここ数日ギルダはまた体調の不備を訴えるようになり、診療所の仕事を休んで自室で横になって過ごす機会がたびたび出てきた。

 人造人間として無尽蔵に体力があるように見えても、いくさ場で深手を負った彼女の身体は案外疲れやすくなってしまったかも知れない……と何事もなければそのように思われていたかも知れなかった。しかし先だっての一件で不安に思ったアンナマリアのすすめでハイネマン医師の診察を受けてみると、そのような理由ではないことが明らかになった。

 彼女に懐妊の兆候が見られる事がわかったのだ。

「……フレデリク!」

 その事実が分かった瞬間、アンナマリアは血相を変えて診察室を飛び出していた。

 ここに至って、アンナマリアは何気なしに彼女を酒宴に誘ったあの晩の判断を本気で後悔した。

 男女の機敏など何も理解していないであろう人造人間のギルダが、アンナマリアの知らないところで誰かしらと逢瀬を重ねていたとは考えづらい。あの晩のように酩酊でもしていない限りは、元々戦場の魔女であった彼女が腕力で男に組み伏せられるような事もないだろうし、となればやはりいつぞやの朝に寝所から叩き出されたあの一件、飲んだくれが酒の勢いに任せてよからぬちょっかいをかけた結果がこれだ、と解釈するしかないではないか。その思いに至った瞬間にアンナマリアは間違いなく激昂していた。

 本人が目の前にいるわけでもないのに、怒声が口をつくのを避けられないのだった。

 彼女が鬼の形相で村中をかけずり回って名を呼んで回れば、フレデリクがたいそうな悪事を働いたのだ、という事はあっという間に人々の知るところとなった。当然アンナマリアが探し回っている事実はフレデリクの耳にも簡単に入ったが、彼が小狡く隠れまわろうとする前に、善良なる村人たちが進んで居場所を告げに来て、その所在は立ちどころに明らかになるのだった。

「ま、待て待て。俺が一体お前に何をしたってんだよ!?」

「私じゃない。あなた、ギルダにとんでもないことをしてくれたわね!」

 慌ててよたよたと逃げ出そうとしたフレデリクの背中を、アンナマリアが思わず蹴り倒す。だらしなく地面に突っ伏す様子を見れば、今日も酒が抜けていないのは明らかだった。診療所まで来なさい、と言われて立ち上がるのを拒否して嫌がるフレデリクを、通りすがりに見ていた村人たちが、やれやれ仕方がないとその腕を引きずるようにして無理やりに立たせ、ハイネマンとギルダの待つ診療所までまるで罪人のように引っ立てていったのだった。

 何事か、と診療所の前に人だかりまで出来てしまっていて、アンナマリアは感情的になって騒ぎ立ててしまったと少し後悔したが、それこそ後の祭りである。フレデリクの背中を突き飛ばすようにして診察室まで促し、ようやくギルダとの対面が叶ったのだった。

 アンナマリアが唐突に血相を変えて飛び出していった事に、一体何事かと目を白黒させていたハイネマンだが、強引に連れてこられたフレデリクを見てようやく合点がいったようだった。だが騒動の成り行きはそれとして、大騒ぎして連れて来られたのがフレデリクだった事実には、露骨に眉を潜めた。

「……どういう事かは理解したが、よりによって彼が父親なのかね?」

 呆れ果てたハイネマンの声に、アンナマリアは深々とため息をついた。

「申し訳ありません。ギルダにそういう事が起こりうるとあらかじめ分かっていれば、こういう悪い虫がつかないようにもう少し気を配っていたのに」

 よりによってそんな頼りない男が父親とは、とアンナマリアは先を案じて再び大きくため息をついた。

 そこに至ってギルダも自分の身に何が起きたのかを理解したようだが、彼女の表情は複雑だった。

「理解に苦しむ。私は人造人間だぞ?」

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