命尽きるまで(その3)

「貴殿を殺害する正当性については、命じた姫殿下が把握しておられる事と思う。申開きは姫殿下に」

 そう言って、人造人間はサーベルにそっと手をかけた。

 引きつった表情を隠しもしないで師団長が一歩、二歩と後ずさる。そんな師団長の態度を見やって、彼女はサーベルを抜き放とうとしたその手を止めた。

「……姫殿下の今のお言葉は、単に私にそれが可能かを問いただすもの。もちろんお命じになるのであれば、その通りにいたします。しかし、私は構わないが、師団長としてはその理由を殿下からぜひご説明していただきたいところでありましょう」

「お前にその理由を説明する必要はある?」

「師団長は私の上官でもあるから、合理的なご命令ではないとは判断しますが」

 どうしてもとおっしゃるのであれば、と確認を求める人造人間に、ユーライカは首を横に振って、否、と言った。

「とくに理由はないから、今日のところはその必要はないわ」

「了解しました」

 そこでようやく人造人間はサーベルから手を離し、師団長は安堵のため息を付いたのだった。

「姫殿下はご冗談でそう言われたのであろうと判断します」

 にこりとも笑わずに至って真剣な口調でそのように言う人造人間と、冗談では済まぬ、といいたげな師団長の狼狽ぶりとを見比べ、ユーライカは思わず声を出して笑ってしまった。

「お前の名前は、何というのです?」

「シルヴァと申します」

 まっすぐにユーライカを見据えて、人造人間は名乗った。

 その名乗りを真っ向から受け止めて、ユーライカは口の中でその名前をそっと繰り返してみた。

「私の側に仕えるというのに、そのような面白味のない名前では呼びたくはないわ。……だれがつけた名前なの?」

「私を作った、クロモリが付けてくれた名前です」

「お前はそれを気に入っているの?」

「分かりません。……クロモリが私と併せて作った人造人間は五体、彼自身はその五体の区別が付いていたでしょうが、名前が無ければ他の者が区別出来ない」

「番号で呼ばなかっただけ、クロモリにも詩心の一つもあったという事なのかしら」

「無論、番号もあるにはあります」

「囚人でもあるまいし、番号などでは呼びたくない。――それにしてもあまり素敵な名前とは言い難いわね」

 ユーライカのその言葉に、人造人間にまさか殺されるのでは、と先程まで肝を冷やしていた師団長が、額の汗を拭いながら言う。

「この離宮にある限りはこの人造人間のあるじは殿下です。殿下の好きにお呼びになればよろしい」

「そう……そういう事であれば、お前の名前は私が決めましょう。それでいい?」

「殿下のご随意に」

 人造人間がそう返事をすると、ユーライカはその場ですぐに思案顔になった。今この場で考えるつもりか、と師団長は内心うんざりしたが、後ろに控える女官長シャナン・ラナンも何も言わず無言でユーライカを見ているだけだった。

 しばしの黙考ののち、ユーライカが告げた。

「決めました。……お前の名前は、今日からギルダです。ギルダと呼んだら、返事をなさい」

「分かりました」

「ギルダ、もう一度問います。この私を、守ってくれるか?」

「殿下をお守りいたします」

「それを、誓えるか?」

「……殿下の御身のために盾となり、殿下の敵を退ける剣となります。この命の尽きる最後まで、殿下をお守りいたします」

 人造人間ギルダは、ユーライカをまっすぐに見据えたまま、はっきりとそう言い切ったのであった。

(命の尽きる最後まで――)

(命の尽きる最後まで、私を守ると言った)

(そのように言えと命じられたから、言ったのだ。それは分かる。分かっているのだ)

(そう、分かってはいるのだ、だが――)

 

      *     *     *

 

 そこでユーライカは顔をあげ、過去の思い出から今現在へと立ち戻ってきた。

 ギルダが診療所に運び込まれてから丸一日が経過していた。傷の処置は終わり経過は順調だとハイネマンは言うが、ギルダは未だ意識を取り戻さずにいた。

 眠っているだけです、と医師は言うが、このまま彼女がもう一度目覚めるまで、その無事を確かめたとは言えなかった。

 彼女の病室でそれを待つのは医師にもシャナンにもやんわりと押し留められてしまったし、実際に彼女を前にすれば気持ちが千々に乱れるだけだった。かと言って、一人自分の天幕にこもっていても不安がいや増すばかりだ。襲撃者の残党どもがまだ周辺をうろついている可能性もあり、護衛の騎士たちは普段以上に警戒を強めていたが、ユーライカにしてみれば自分自身よりもギルダの方が心配で仕方が無かった。

 ふらりと表に出た彼女に、シャナン・ラナンが無言で付き従う。襲撃の事があるので近衛騎士も数名、それとなく両者の後に付き従うが、直接ユーライカの側にあったのはシャナン一人であった。

 余人が両者に近寄ってこようとはしない事をそれとなく確かめると、彼女は仏頂面で明後日の方をむいたまま、ぼそりと呟くように言った。

「シャナンよ。今更ではあるが、一昨日にお前をぶったこと、申し訳なかった」

「ご本心からの謝罪であればよいのですが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る