第5話 無人都市:砂に埋もれた都市
その都市は、突如として現れた第二キッチンの竈から繋がっていた。
館にはときおり、第二・第三の施設が現れる。こうした部屋は普段使いの部屋と違って、気がつくと消えていることが多い。それでもいちど、バスルームが七つになったときはさすがに館の構造を疑った。双子は常に「いちどに出現した部屋や施設の数」の最高記録を数え続けているが、ここは普段から俺を含めて三人しかいないのだから、施設としてはそんなにあっても仕方が無い。せめて客がいるときに増やしてもらいたいものだ。
だが、こうした第二・第三の部屋は、悪いことに異界に繋がっていることもある。このキッチンの竈もそうだった。ほんのわずかに開いた竈の隙間からはあきらかに風が吹き込んでいて、さらさらと砂が溢れていた。このままではそのうち第二キッチンが砂で埋まってしまうのではないか。だからこそ、俺は竈の厚い扉を開くしかなかった。
「……せめて、ドアの大きさにしてくれ」
文句を言ったとして、館が聞くわけもなし。
鉄の扉を開けると、ざらりと砂が床に溢れてきた。向こうを覗き込むと、四角い竈の向こう側は砂が地面をたっぷり覆っている。もうこれは肉体労働しかないらしい。近くにあった、本来は灰を掻き出すためのスコップで砂を送り返すべく、とにかくバケツの中に竈の中の砂を突っ込んでいった。バケツが三個目になったあたりで、なんとか隙間が広がった。
俺の体がようやく入るくらいの穴の中を這って進むと、そこは部屋のなかだった。繋がっていた先は竈ではなく、俺は暖炉のなかから這い出すことになった。部屋のなかのくせに妙に明るいと思ったのは、天井がみごとに崩れてそこから照りつける日差しが入ってきているからだった。毎回思うが、この温度差はどうにかならないものか。
さて、人の家だったらどうするかと言い訳を考えていたが、必要なさそうだった。
天井は大穴どころか崩れてさえいるし、そもそも繋がっていた部屋も砂まみれで、およそ住むのに適した空間ではなかった。そのへんの砂をかきわけると、ローテーブルらしきものの上の部分だけがほんの少しだけ顔を出した。こんなところに人が住んでいるわけはない。あったとしても、俺と同じようにどこかからやってきた流れ者だ。
扉を閉じて終わりにしようかと思ったが、周囲を見て違和感を覚えた。
この家は不思議なことに、砂漠地帯にありがちな家の作りではなかった。ありがちというのは、干しレンガ作りで真四角の作りをしているものだ。場所によってはその限りではないが、たいていの砂漠の中の家屋とは似たようなものである。木材が使われているというだけではない。むしろ砂漠とは無縁な作りだった。崩れ落ちた壁はコンクリートだし、窓にはガラスがはまっていた形跡がある。
――あるいは。
たとえばどこかの土地では、砂漠でのダイヤモンド採掘のために、入植者が自分たち流の家を建てることもあったという。しかしここはその限りではなかった。むしろもっと砂漠に適応しておらず、かといって元から砂漠に作られた風なものじゃない。その疑問は外を見た途端に解明した。
「ああ」
外を見れば明白だ。砂漠からビルが突き出ている。
つまりこの都市は、砂に埋まったのだ。世界の滅び方は多様であるが、都市ごと何かに埋まっていることはよくある。海水や雪に埋まるように、この都市は砂に埋まったのだ。
それだけではなかった。
空をよく見れば、ドーム状のガラスに覆われていた。ガラスは大きく損傷し、空が割れたようにさえ見える。割れた向こう側に見えるのは、妙に強い日差しだった。吹き込む風は乾いていて、いまもなおパラパラと音をたてて砂が入り込んでいる。あの大穴から都市に砂が入り込んできたのだ。さながら割れたスノードームか、あるいは砂時計といったところか。
――つまり、放棄されたのか。ここは。
穴が開いて放棄されたのか、それとも外も同じような状況なのか。
どこかに人はいないのかとばかりに見回してみたが、これといって人の気配はなかった。
そもそも動くものの気配がない。
いまいる場所も、巨大な建造物の上のほうだろう。もしかすると最上階だった可能性もある。
――あの暖炉もおそらく、本物じゃねぇな。
もっともいまは火など入れずとも、扉として機能してもらわねば困る。通ってきた竈はいまだにちゃんと繋がっているから、ここはひとまず大丈夫だろう。
砂の積もった部屋の中を歩き、大きく破壊された壁から下を見る。ここを二階とすると一階部分にまで砂が積もっていた、廊下に出て他の部屋を見回ってみると、部屋どころか外と繋がってしまっている場所があった。いや、天井が無いから外そのものか。再びmパラパラと天井のドームから砂が舞い込んでくる。この壊れた砂時計はいったいいつからこの状態なのか。
外に出てみると、景色が良く見えた。ドームに開いた大穴も、その向こうにある強い日差しも。降り注いだ日差しはいっそう強くドーム内を照らし、砂粒さえもよく見えるような気がした。
「あつ……」
ドーム内もそこそこ明るいが、空調設備はおそらく壊れているんだろう。汗が噴き出してくる。
もう少し進んでみるかと歩を進めたとき、急にドーム内を照らしていた日差しが暗くなった。
「は?」
ドームの外側から何かがぶつかって、ガラスを勢いよく割った。
巨大なガラスは大きな欠片の固まりとなって下に落ちてくる。巨大すぎるからかスローモーションにさえ見えた。砂に突き刺さったガラスの、ひときわ大きなものが、バランスを崩して横に倒れ、残ったビルにぶち当たって粉々になった。きらきらとガラスの欠片が砂に混じり合う。
「はあ!?」
凄まじい音とともに再び明るくなる。巨大な何かが、ドームの外側にぶつかったのだ。
チキチキと音がして、巨大な甲虫の足のようなものがガラスの端に引っかかる。
「そうか、あれか!」
ドームの外に生息する巨大な生きもの。一匹ではなかったし、もう一匹は同じ姿をしていなかった。ヤスデのようなものの外皮がガラスを擦り、パキパキとガラスを割っていく。だいぶ興奮しているらしく、ちょろちょろと――そんな生やさしい音じゃないが――穴の向こうを這いずり回っている。そのたびに、劣化したガラスが割れて落ちてくる。
「ちょ……っ」
都市を覆うほどのガラスが割れて落ちてくるとなれば、何が起きるかなんて――いや考える前に一気に建造物の中に戻るしかなかった。ギラギラと輝くガラスから建物の中に逃れると、唯一残った天井に当たったガラスが一気に割れた。思わず顔も顰めるくらいだった。
部屋の中へと駆け戻る。
このままでは探索どころじゃない。
というか、下手に建造物を壊されて「扉」が無くなっても困る。次の一撃が天井の向こう側から響いた。それを合図に、廊下をすり抜けて元の部屋まで戻る。まだ扉はあった。ガラスとはいうが、ドームを作っているからにはおそらくガラスじゃない。何かのパネルだ。建物全体に割れたパネルが降り注ぎ、天井を圧迫する。窓の向こうの明かりを隠し、一気に暗くなった。
それよりも大きな影が落ちてくるその瞬間に、小さな入り口へと滑り込んだ。
「痛った!」
ごっ、と頭から音がした。キッチンのテーブルに勢いよく頭をぶつけたらしい。こんな狭いところに扉を開けないでほしい。
振り向いた竈の向こうでは、崩壊した建物がいましがた通ってきた道を潰しているところだった。
凄まじい音が響き渡ったが、反響していた音は急に消えた。
扉が閉まったのだ。
間一髪だったらしい。
肩で息をして、その場に転がる。
「あー……クソッ……」
見所を見つける前に強制的に帰還させられてしまった。
しかしあの調子だと、都市そのものが破壊されるのも時間の問題だろう。自分が思ったよりもあの世界は巨大だったのかもしれないが。
しばらく動ける気もせず、第二キッチンの床に転がっていると影が落ちた。
「おかえり!」
カナリアが上から見下ろしていた。
「こんなとこで何やってんだ?」
「死ぬとこだった……」
「そっかぁ! じゃあ帰ってこれて良かったな!」
「……そうだな」
笑顔で言うことじゃないと思ったが、文句を言う気力さえ無かった。
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