第25話② 色のない世界が鮮やかに。【シルヴィオside】

「そ、そんな……それくらい妃として普通のことです」

「クッキーを自ら作れる令嬢など、他にそうはいない。それもあれだけ凝ったものとなると、一流のコックにすらできないかもしれない」


「そこまで大層な物ではないですよ」

「いいや、大層な物ですよ。あなたが作ってくれたのなら、俺にとってはすべてが」


自然と頬がほころぶのを自覚する。

ついつい彼女の頭に手を伸ばし、軽く引き寄せていたら、ふっと隣でオスナが笑った。


「……なんだ、なにが面白いんだ」

「……いえ、ただ驚いただけでございます。シルヴィオ王子。あなたがそこまでアンナ様を、いえ、一人の女性に肩入れすることなど、これまでなかったことですから」

「なにか問題があるか」

「いいえ、まったくございません。あなたが相手ではいくら本気になろうと勝ち目がありませんね、それにアンナ様もその方が幸せになる。

アンナ様が優秀で少し先に進んでいますので、練習の再開は急ぎません、どうぞお2人でごゆっくりとなされてください」


どうやら空気を読んでくれたらしかった。

オスナは最後に憑き物がとれたみたいな、会心の笑みを見せるとその場を立ち去っていく。


それを二人見送ってから、アンナが口を開いた。


「……シルヴィオ王子、噂のこと、ご存じだったのですね」

「えぇ、ただ言えばアンナ様を疑っているみたいになりますから、口にするのを避けておりました」

「……私も。私も言えば、シルヴィオ王子にご負担をおかけするかと思いまして」


どうやら互いを思いやるがゆえに、ボタンの掛け違えが起きていたらしい。

アンナが先にくすりと笑う。


なぜだろう、素朴なその笑みにはやはり心の裾を揺すられるから不思議だ。



飾り気があるわけではない。

目立たずとも、ただ自然とそこにあるだけで彼女はシルヴィオの目を引く。それだけの理由で、

年齢差なんてどうでもよくなるくらい、心が惹かれていくのだ。


辺りに咲くどんな花々よりも、彼女がもっとも華やかに映った。

幼いころから見慣れた城の景色さえ、彼女が一人そこにいるだけで、まるきり違う。


色のない世界が、鮮やかな色に染まるかのようだった。

太陽の光だって、平等ではなく彼女にだけ熱心に降り注いでいるように、シルヴィオには映る。


「まさかシルヴィオ王子と同じことを考えているとは思いませんでした」

「俺もですよ、アンナ様。……そうだ、せっかく時間もできたんだ。お話がてら、城内の散歩でもいたしませんか」

「えと、お仕事はいかれなくてもいいのです?」


「みなには、あとで謝っておく。今はそれよりも、あなたといたい」

「……そ、そういうことでしたら」

「ありがとうございます。では、早くに動きましょうか。あまり誰かの目に触れると、また妙な噂を立てられて面倒だ」


「えっ」と声をあげるアンナの手を取る。


このあとは、王族の者しか立ち入れない奥まった箇所にある裏の庭へと移るつもりだ。そこには机といすが置いてあり、近くには小屋も用意してある。


今の季節なら、春風にあたりつつティータイムでも取れば、きっとアンナも満足してくれるにちがいない。


最近は仕事に追われすぎていたせい、顔を合わせることこそあったが、ゆっくりと話せてはいなかったから、いい機会にもなる。


そんな想像をするだけで、早くも幸福感を覚えるシルヴィオであった。


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