キングエンペラーサンド


「下北さん、こっちにおいでよ」


 昼休みに入ってすぐ。いつもの4人で昼食を摂っていると、池がそう言った。


「え?」


 戸惑う下北は、恐る恐るといった様子で、こちらに近づいてくる。そんな下北に海原が声をかけた。


「高梨くんの昔の話を聞かせてよ。下北さんの友達も来ない? 昼食の肴に高梨くんの恥ずかしい話を一緒に聞こうよ」


 下北が所属していたグループの子たちは、顔を見合わせたあと、「え〜なになに〜?」と寄ってきた。


「下北さん。早く高梨の恥ずかしい話を聞かせるんだ」


 急かされた下北は、俺の顔色を窺ってくる。それに俺は頷きを返した。


「えっと……じゃあ」



 ***


「あはは! いい話聞かせてもらったわ!」


 そう言って、笑いながら散っていく女性の皆様方。俺はそれをげっそりと見送ったあと、口を開いた。


「わりいな、変なこと頼んで」


 そう言うと、いいよ、と返答がくる。


「まあ、クラスの空気が悪いのも面倒くさいしな」


 下北と、その友達を誘ってのお昼。微妙になっている関係を解消するのに、皆に一芝居打ってもらった。別に下北のことはどうでもよかったが、何となくあと味が悪かったので、問題を解決しておきたかったのだ。


「高梨は優しいな」


 川合の言葉に首を振る。


「別に優しかないよ」


 そう言うと、池が口を開く。


「何言ってんだよ。優しさってのは受け取り手次第。お前がどう言おうが、優しいって思った人からしたら優しいんだよ」


「う〜ん、みかんが生きてるかみたいな話?」


「みかん?」


「ほら、一説によると、ほっといたみかんの味がパッとしなくなるのは、解糖系でブドウ糖が消費されて、クエン酸回路でクエン酸が消費されてるから、つまりは呼吸してるからみたいな話」


「はあ、呼吸してるから生きてるってか」


「いやいや、みかんは死んでるだろ」


「いやいやいや、呼吸してるなら生きてるんじゃない?」


「まあこんな感じで受け取り手次第、みたいな」


 全員が渋い顔をする。わっかんねえし、どーでもいー、って感じだ。


「まあしょうもない話は置いといてだ、高梨、今日暇か? 球技大会の打ち上げ、改めてやろうぜ」


 池の言葉に首を振る。


「わるい、美鶴からメッセージが来て、今日遊ぶ約束してるんだ」


「死ね、一生誘わねえわ」


「死ね、一生誘うか」


「死ね、一生誘わないよ」


 呪詛を吐かれるも、そんな羨む状況ではない……いや、羨む状況か。


 自分を好いてくれる美少女と遊ぶんだ。男なら誰しもが夢見るシチュエーションだろう。


 だけど俺は、美鶴と恋人関係になりたいわけでなく、友達になりたい……という思いはなくなってしまった。


 だから悩む。美鶴とどういう関係を築いていけばいいのか。


 どういう距離感で接すればいいのだろう、美鶴の思いにどう向き合えばいいのだろう。


 ずっと考えているが、いまだに答えは出ていない。


 それに考えれば考えるほど恥ずかしくなってくる。好きになってくれた子との接し方に悩むなんて、何様になったつもりだ、というふうに。


 あーでも、どうしよう。今日、会うんだよなぁ。


「なぁ……」


「毒くらえ」


 相談を持ちかけようとしたところ、すぐに殺そうとしてきたので、口をつぐむ。


 仕方ない。あれこれ考えるのはよそう。


 自然体、自然体でいこう。


 ***


「店長、ブルーマウンテン2つと、キングエンペラーサンドを1つ」


「も、申し訳ございません。そのようなメニューは……」


「じゃあ、エンパイア・キングダム・オブ・ザ・ロイヤルサンドを1つ」


「か、かしこまりました。出来うる限り凄いサンドイッチを作ってまいります……」


 新しくできた喫茶店。席自由のはずなのに、何故か奥に案内されたテーブルで、美鶴はマスターらしき男性にそう注文した。


「なあ美鶴?」


「な、ななな何!? も、もっと凄い奴が食べたかった感じ!? じゃあ、グランドエスペランザペルセポネハーデスを!?」


「いや、それが料理なら見てみたいけど……そうじゃなくて、何かあった?」


「べ、べつに!? それより、何かして欲しいことない!?」


「ないけど……」 


 美鶴の様子がおかしい。


 学校からこの喫茶店に直行したわけだけれど、その間、いろいろな出来事があった。自販機を見るたびに喉が乾いていない? と聞いてきたり、歩くの疲れない? とおんぶしようとしてきたり、空気薄くない? と酸素マスクを取り寄せようとしたり。今も、俺に美味しい料理を振る舞おうと、店長に無茶振りをした。


 美鶴がおかしいおかげで、逆に自然体でいられるから、別にいいのだけれど、流石に気になってしまう。


「ねえ、美鶴。何か悩みとかあるなら聞くけど」


「え、えっと……」


 美鶴は赤面して明らかに顔を逸らし、呟くように言う。


「じ、実は、お願いが、ぁって」


「お願い?」


「ぅん。そのぅ……」


「何?」


 尋ねると、美鶴は上目遣いで潤んだ目を向けてきた。


「……つ」


「?」


「三徹」


「え?」


「三徹して欲しいの!!」


 なんで?

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