緋東結紀と異質のアリス⑦
「じゃあ、結紀くんあれを見て」
結紀は遥日の指さした方へと目線を向ける。
そこにはカップルだらけの空間で一人ぽつりとスマホを弄っている少女がいた。
その人物には見覚えがある。
真由の友達で、先輩と付き合っていたギャル系のクラスメイトだ。
どこか寂しそうな雰囲気を出しながら、誰かを待っている様子のギャルの姿に、教室で見るのとは全く違うと感じた。
「もしかして、この世界って」
真由の作り出したアリス世界と問う前に、ギャルの傍に誰かがよってきて言葉を止める。
よく見ていてと遥日に伝えられ、結紀はギャルに目線を向ける。
ギャルに近付いてきたのは真由だ。
ギャルの方は真由が来たことでやっとスマホから目を離して、明るく笑った。
真由はギャルと二、三言交わすと二人揃って歩き出す。
しかし、この二人は先輩の件で仲違いしたはずだ。
一体どういうことなのだろうか。
「僕達は、さっきみたいな情報からアリスを探す。
アリス世界に居るアリスは、何処か自分だけの空間に閉じこもっていて姿を表さない。
だから、情報を頼りにアリスが居る場所を弾き出して、アリスを説得する。
だけど結紀くんならもっと正確な情報を取ることができる」
遥日は確信していると付け加えて、結紀に周りの住民達から情報を得るように告げた。
「直接居場所を聞いたらダメなんですか?」
「アリスの居場所を知っているのは、アリスだけ。作り出された住民は何も知らないよ」
「じゃあどうやってアリスを当てるんですか?」
「それが不思議の国の能力の使い所さ」
遥日に誘われるがままに町の方へと向かう。
力は何も言わずに後ろを着いてきた。
「もしも、失敗したら僕が何とかするから結紀くんは思ったようにやってみて」
「……わかりました」
「アリス世界でやることは、一つ。
情報を集めてアリスを引きずり出し、世界を破壊するように説得する。
まずは情報収集。
自由にやってみて、君の中の不思議の国が自然に導いてくれるから」
と言われても。
とりあえず頷いて、ギャルが居た場所の近くにいるカップルに近付いた。
何を聞けばいいのか分からずに戸惑っていると、突然手元にメモ用紙とペンか現れる。
驚きながらもそれを開いてみると、そこには好意のアリスと書かれていた。
意味が分からずに首を傾げていると、文字の下に新たな文字が浮かび上がってきた。
アリスの好意は人を巻き込み、いずれは爆発する。
爆発するのを防ぐには何をすればいい?
こっちの方が余程分かりやすいと心の中で呟けば、更に新しい文字が浮かぶ。
好きが転じてアリスになった。
本当はどうしたかったのか?
好きが何かに変わってアリスになったのかと呟く。
これが、君の中の不思議の国が導いてくれるということなのだろう。
ここまでに起きたことから自分の中には不思議の国の力が存在しているのだと納得する。
半信半疑だった気持ちがここに来て確かなものになった。
とりあえず何を聞けばいいのかはまだ分からないが、カップルに話しかけることにした。
「ちょっといいかな」
「なに、ナンパ?」
女の言葉に男の方が反応する。
わざわざ男連れをナンパなんてしないと心の中で悪態をつく。
「ううん。真由って見なかった?」
「あ〜〜真由っちに用?」
女はそう言うと、男を置いて結紀に近付いてきた。男の方はまるで何かに取り憑かれたかのように動きを止める。
結紀は少しだけ後ずさってから、何が起きているのか冷静に考える。
しかし答えは出ない。
緊張しながら女が話し出すのを待っていると、女は結紀のことをジロジロと見回したあと、腕を組んだ。
「さえない男が真由になんの用?」
「冴えないって……」
「ストーカー?」
「いやいや、違うから!」
女に疑われているのをひしひしと感じながら、メモ帳に視線を落とす。
メモ帳には、証明しろと書かれていた。
証明とは何を、何のことを、と考えていると女は結紀に問いかける。
「あんたは真由のなんなわけ?」
証明とはこのことかと納得すると、ただのクラスメイトですと呟く。
「証明、できんの?」
「証明……?」
「出来ないならあんたにはなんも教えられない」
どうするべきか分からずに一度女から離れて、二人の元へと戻る。
遥日は結紀が近づいてきたのを見て、ゆっくりと顔を上げた。
その横で力が感動したように手を叩いている。
「何か分かった?」
「これみてください」
そう言って遥日にメモを見せると、遥日は不思議そうな顔をしてなるほどと頷いた。
「異質のアリスの能力にヒント提示も追加だね」
「え。これみんな持ってるものじゃないんですか?」
「違うね。……異質のアリス、凄い便利な能力だ」
遥日はそう言うと、結紀のメモ帳を返して話しを続ける。
「異質のアリスは、僕達にとっても初めてのケースだから能力が未知数なんだよね。
だから、結紀くんが出来ると思ったことはどんどんやってみて」
「はい。
とりあえず、証明ってやつをしないとですね」
クラスメイトであることを証明するにはどうしたらいいのだろうか。
生徒手帳を見せても、同じ学校の生徒ではない女に信じ手は貰えないだろう。
「証明ねえ……あ、クラス写真とか?」
「クラス写真なら全員写ってるから行けるかも」
「でも加工疑われるか?」
「疑われないようにするには……」
どうしたらいいのか皆目見当もつかない。
一先ず、クラス写真のありそうな場所を目指すことにした。
「教室に貼ってたりしねえの?」
「しないね、うちのクラスの担任誰だか分かってる?」
「あ〜そういえばあの堅物か」
今のクラスで写真を撮ったのは体育祭の後ぐらいだが、結紀は写真を買わなかった。
特にクラスに思入れもないので純粋に要らなかったのである。
この事態になってから今更買っとけば良かったと思ってももう遅い。
「クラスのやつに持ってるやついないの?」
「そんな友達いると思う?」
「あー……」
力は妙にその言葉に納得している。
手詰まりだと顔を下げる。
「……アリスの能力って覚えてる?」
不意に問いかけられて、結紀は顔を上げる。
遥日は何かに気がついたようだ。
「アリスは、自分に都合のいい世界を作り出す……」
「結紀くんの能力はそれに類似している。
メモ帳は結紀くんが捜査をするのに丁度良かっただろう?」
「つまり、クラス写真を持っているやつを探すんじゃなくて、作り出せばいい?」
自分で言っていてそんなことを出来るか疑問に思う。
しかし、安易にクラス写真を手に入れるには作り出すしかない。
結紀にとって都合のいい存在、クラス写真を簡単に渡してくれそうな奴。
「クラスの中心人物とか?」
「……その人物はどこに居るの?」
遥日からの問いかけに教室と答える。
これで本当に作り出されていれば儲けものだ。
さくら通りのバス停を通り過ぎて、土臭い畑ばかりがある場所へと向かう。
結紀の通う高校はそこにある。
「もし、結紀の望んだ人間が作られていれば……お前の能力はアリスと殆ど変わらないということになる」
「リッキーは本当に作られてると思う?」
「さあな。でも俺は出来てるに掛けてるから」
力は力強くそう言うと前を向いた。
先を歩く遥日を追いかけて行く力の背中を見送りながら、自分がどんどん変わっていくような恐怖に襲われた。
夢半分に望んでいた平凡からの脱却は突然訪れたのだと結紀は今更ながら実感した。
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