第54話 いざ、スパルティアへ
太陽が昇り、真っ暗だった空がようやく周囲を見渡せるほど明るくなる。
立ち上がったアズは朝の澄んだ冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。
そしてゆっくりと吐き出す。
日の光に当たると温かい。
一日の始まりを感じさせるこの空気が、アズは嫌いではなかった。
「アズちゃん、川から水を汲んできてくれる?」
「分かりました。行ってきます」
アズは大きな革袋を取り出すと、近くの川へ向かう。
念の為剣も装備して。
ここは街中ではない。何が起きるか分からないからだ。
洞窟の近くに流れる川は、アズの手のひら程の大きさだったが水を汲む分には問題ない。
革袋の口を持って川に手を突っ込むと、水の流れる力で革袋に水が入っていく。
水は少し冷たいが、気持ちいい位だ。
眠気を覚ます為に顔も洗いたかったが、浄化の魔法なしでやるのはあまり良くないらしい。
湖の時もエルザが事前に浄化の奇跡を使っていた気がする。
アズは革袋の半分ほど水が入ったのを確認して持ち上げた。
その重さは少女が持ち上げられる重量ではないのだが、今のアズは相当な魔物を狩ってきた事で力を獲得している。
だがアズの体格では持ちにくい。口を縛り、両手で抱えるようにして移動する。
川から洞窟まではそれほど離れていない。
もうすぐ洞窟が見えるところで、アズは視線を右に向けた。
そこには一本の木がある。そしてその木に隠れる様にして一匹のウサギがこちらを見ていた。
アズは足を止め、革袋から手を放して剣に手を回す。
革袋が地面に叩きつけられ水が零れるが、アズは無視する。
ウサギが木から出てくると、額に大きな角が生えていた。
角ウサギだ。
見た目とは裏腹に肉食で、小柄な癖に凶暴。
角ウサギは後ろ脚に力を溜めている。
アズは角ウサギの飛び出す瞬間を待つ。
角ウサギが跳んだ。
アズと角ウサギとの距離はアズの歩幅で十歩分は離れていたが、その距離を軽々と一度の跳躍で詰めてくる。
角ウサギの狙いはアズの首、頸動脈だ。
血管の太い部分を角で貫けば、体格差は関係ない。
アズは角ウサギの狙いを正確に見極め、剣を抜いて角ウサギの接近に合わせて首を斬り落とした。
封剣グルンガウスの力とアズの剣筋は狙い通りの力を発揮した。
角ウサギの首が舞い、その後を血飛沫が追いかける。
アズは体に血が付かないように躱して、角ウサギの胴体を後ろ脚を掴んで持ち上げる。
こうすると首が下になり、角ウサギの首から血が流れる。
こうして血抜きをしておけば肉の臭みも無くなる。
良いお土産が出来たのだが、代わりに地面に水を吸われている革袋が目に入りアズはため息を付いた。
結局先に血抜きした角ウサギをエルザに渡し、もう一度水を汲みに行った。
「朝から豪勢だねー」
エルザはそう言って受け取った。
もしこれが首狩りウサギならアズちゃんの首が飛んでるね、と笑えない冗談を言っていた。
アズはようやく再び水を汲み終わり、ウサギを解体し終わったエルザの手伝いをする。
とはいっても焚き火の番をしながら湯を沸かすだけだ。
蓋をした鍋を見つめる。
水が湯になりぐつぐつと沸騰する。
これは飲み水に使う鍋だ。
沸騰したのを確認して岩の上へ置く。
調理に使う鍋に水を入れて、焚き火の上に置いた。
そうするとエルザが付近から採取したハーブや薬草、そして先ほどの角ウサギの肉を入れる。
「アズちゃん、こういう旅の時は食べられる草も探してこうやって食べるんだよ。病気を防げるからね」
そう言ってエルザはアズに食べれる薬草やハーブを教える。
アズは山菜摘みを良くさせられていたのだが、この辺りは生えている草の種類も違う。
肉だけ、それも燻製されたものばかり食べると栄養が偏ってしまい、体調を崩す。
酷くなるとそれだけで死に至ってしまうようだ。
栄養の偏りは癒しの奇跡では治せない。日々の生活で気を付けないといけない。
エルザはアズの二の腕を触る。
「うん。大分お肉がついて来たね。最初に会ったアズちゃん、結構痩せてたもんね」
「そうですか?」
確かにアズは振り返ってみると最近よく食べている気がする。
太った訳ではないと思うのだけど、と考えた。
実際は主人がアズと会った時、アズは栄養失調手前に近かった。
勿論奴隷商はきちんと食事を与えていたし、二人が出会った時はかなり症状は良くなっていた。
アズが売られるのがもっと遅ければ、悪影響で何らかの障害が残っていたかもしれない。
アズはそんな事はつゆ知らず湯の表面に張った灰汁をせっせと取り除く。
こういう単純作業は分かりやすくてアズは好きだ。
味付けは塩のみ。ウサギから出汁が出ることを期待する。
そうしているとまずアレクシアが起きてくる。
アズからリンゴ酢を湯で割ったものを受け取ると、まだ寝ている主人の方を見る。
アレクシアは主人の方へ向かうと、背中を足で小突き始めた。
「わっ、アレクシアさん! ちょっとそれは……」
「こういう時に最後に起きるのが悪いですわ」
アズが慌てて止めに行くと、主人がようやく起き始める。
「何か背中が痛いな……敷いている毛布が足りなかったか?」
何やら背中をさすっていた。
アズはアレクシアの足蹴のことを言う訳にもいかず、主人に飲み物を渡す。
心の中で何度も謝っていた。
当のアレクシアはしれっと飲み物を飲んでいる。
リンゴ酢のお湯割りは気に入ったようだ。
その後にエルザがスープを器に盛って配る。
硬いパンをスープにつけて食べる。
簡素な朝食だが、ウサギの肉が入っているだけでも大分違う。
エルザがアズが採ってきたことを言うと主人がアズを褒める。
そして焚き火の始末や角ウサギの皮や角の採取などを行い、出発の準備を終わらせる。
「よし、今日中にはスパルティアへ行くぞ」
主人の一言で、再び移動を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます