第36話 生きる少女たちのパヴァーヌ

 狼ばかりが出てくる三階層はもうアズ達三人にとっては何の脅威もなかった。

 迷宮という閉じられた世界では群れで動く狼の習性には限界があり、結果各個撃破しやすくなる。


 拾うというロスがなくなり、進軍速度も前回に比べてかなり早い。

 蜂の巣を見つけた部屋の手前にある分かれ道に到着し、今度は左を選択する。


 そのまま直進し、階段を発見して四階層に到着した。


 アズが四階層に足を踏み入れた途端、風がアズの髪を巻き上げる。

 スカートもたなびくので手で押さえた。


「ここ、室内ですよね? 外に繋がってるのかな」

「それは無いわ。そもそもここは地下よ」

「そうですよね。こんな風何処から吹いてるんだろう」


 アレクシアは風を気持ちよさそうに浴びている。

 風の迷宮とはいうが、この風を浴び続けると体を冷やしそうだ。


「油断しないでよ。ここから先はほんとに敵が強いからね」


 カズサが後ろからアズに言う。


「分かった。荷物は今どんな感じ?」

「まだ全然入ってないよ。結構早く来たからね」

「よーし、じゃあ四階層で一杯にしちゃおう」

「はーい」


 エルザが右腕を高くあげる。

 だがいくらエルザが若いといっても流石に少女二人に混ざるには無理があった。


「構えて。何か来てるわよ」


 アレクシアの言葉でカズサが階段の後ろに下がり、アズが剣を構えた。

 エルザはメイスを振り回している。


 そうしてこちらにやってきたのは、手の平ほどの大きさの鳥のような魔物だった。


「そいつ、そんななりでもドラゴンだからね!」


 カズサが後ろから叫ぶ。

 ドラゴン。竜種。生態系の頂点の一つに位置する種族の魔物だ。


 流石に目の前の羽をパタパタさせている小さなドラゴンの魔物が、それだけ強いとは思いにくいのだが。


 アズが魔物に後ろに回り、振りかぶって背中を斬りつける。

 固く鈍い感触がアズの手に伝わった。


 表皮に僅かに傷をつけるだけだった。

 三階層で出会った熊程では無いが、剣で戦うには厳しい相手といえる。


 アズに振り向くと、小さなドラゴンは口を限界まで開き、その中で空気を圧縮している。


 アズは小さなドラゴンの足元を潜り抜ける。

 アズが居た位置に圧縮された空気が撃ち込まれ、壁が大きくへこんだ。


 直撃すれば怪我では済まない威力がある。


 エルザの祝福を受けた状態でも受けてはいけない。


 アレクシアの魔法が小さなドラゴンの羽を貫く。

 熱を凝縮させて一本の線にした魔法だ。


 恐らくアズの攻撃が通りにくかったのを見て、突破力を優先したのだろう。


 羽に傷を受けたドラゴンの魔物は姿勢が揺らぐ。

 羽だけで飛んでいるわけではないのか、落下することは無い。


 その隙をエルザが見逃さず、メイスで上からたたき落とした。


 悲鳴を上げて小さなドラゴンは地面に叩きつけられる。

 一瞬だけアズが躊躇しそうになったが、小さなドラゴンは地面に叩きつけられながら再び口を開いた。


 アズは剣に魔力を通して、小さなドラゴンの口を貫いた。

 当然ながら皮膚に比べれば随分と柔らかい。


 圧縮されつつあった空気が霧散していき、そのまま小さなドラゴンは息絶えた。

 アズは息を吐きながら尻餅をついた。


「はぁ~~」

「気を付けてって言ったのに。見た目はあんなだけど、重戦士だって未熟だと吹っ飛ばされるんだよ」

「ちょっと危なかった」


 アズが冷汗を拭う。


「見た目が魔物に見えにくいとアズは躊躇するわね。死ぬわよ」


 アレクシアがアズを引き起こしながら小言を言うと、アズがお尻をはたきながら謝る。


「ごめんなさい。気を付けます」

「世の中にはね。可愛いウサギの姿をしたとんでもなく強い魔物もいるのよ。出会った瞬間首を刎ねられるんだから」

「ボーパルバニーだね。大陸一有名なウサギ」


 カズサがウサギの魔物の名前を言うと、アレクシアが感心する。


「良く知ってるわね」

「教会の読書会で教えてもらったから」


 カズサが少しだけ照れたように言う。


「ボーパルバニーですかー。あの子は英雄を何人も殺してきた子ですからね」

「……? 見てきたように言うのね。見たことあるの?」

「まさかー。出会ったら死にますから見たことありませんよ」

「そう。時々不思議な言い方するわよねエルザは」

「そうです? そうかもしれませんね」


 右手を頬に沿えてエルザは笑う。

 その笑みは司祭でありながらも妖艶さを含んでいた。


 アズが小さなドラゴンから採れた水晶を見つめる。

 藍色の透き通った透明度だ。

 水晶の中では風が吹いている。

 何時までも眺められる美しさだった。


「いいね。アズは運が良いんじゃない?」

「カズサ。これは何なの?」

「風のエレメントの結晶だよ。ある程度強い風の元素を持った魔物から採れるんだけど……」


 カズサはアズから水晶を受け取り、掲げて眺める。

 アレクシアの灯りと迷宮そのもののぼんやりとした灯りが水晶を通して見えた。


「もっと下層でないと中々お目にかかれないんだよね。私も見たのは数回しかない」

「そうなんだ。これって高く売れる?」

「勿論。風の元素としても価値があるし、宝石としても人気だよ。魔術アクセサリーの材料にもなる」

「やったぁ!」


 アズが喜ぶ。


「人数分集めれば丁度いいよね」

「本気? それなら確かに私も一個もらえるけど。無理しないでよ」

「とりあえず、足を止めてちゃ手に入らないわ。次行きましょう」

「はーい」


 四階層は三階層よりも魔物の数が少ないが、一体一体が強い。

 狼の魔物もでてきたが三階層の狼よりも体格が大きい。


 アズの手の大きさ位なら嚙み砕けるほどの口と牙だ。

 噛まれそうになるのを剣で防ぎ、無防備になったところをアレクシアの魔法か、火を纏わせた戦斧で斬りつける。

 耐久力も高い。戦闘時間も長くなり、疲労もたまりやすくなった。


 確かに脅威度は上がったが、十分狩りになっている。

 五階層への階段も見つけたが、一旦無視した。


 更に奥まで進むと、広い部屋に出た。

 そこでは広い窓があり、そこから強い風が入り込んでいた。

 魔物は居ない。


 そこで一旦休憩を挟むことにした。





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