第33話 風の迷宮へ④

 くすんだ赤色の体毛をした熊の魔物は、燃え崩れた蜂の巣を右手で持ち上げる。

 しかし、すでに崩れかけた蜂の巣は脆くも崩れ去ってしまう。


 蜂の世話になっていた熊の魔物は、大きく慟哭した。


 凄まじい声は広い空間の中を振動させる。


「ちょっと、私が悪い事をしたみたいじゃない」

「まぁ、熊さんにとっては食べ物が目の前で燃やされちゃいましたから」

「うるっさいわね。弱肉強食でしょ」


 アレクシアがそう言いながら再び詠唱を始める。

 エルザはアズへと祝福をかける。


「アズちゃん、祝福を。それじゃお願いねー」

「はい、行きます」


 アズが前衛として前に出る。

 熊の魔物は蜂の巣を燃やした犯人である此方を見ると、手を地面につけて猛烈な勢いで向かってくる。


 アズは熊の魔物の突進を横に避け、腹へと斬りつける。

 熊の魔物の体毛が剣から身を守るのだろう。剣が弾かれる。


 熊は振り向くと、手を地面から放して立ち上がる。


 アズの二倍の高さがある。

 横にも大きい。見ただけで凄まじい膂力があるのが分かる。


 雄叫びと共に熊の魔物は手を振り下ろす。

 早いが、アズはそれを目で見た後に回避する。


 避けた後、風がアズへと吹きかける。

 アズの頬に傷がついた。


 どうやら、攻撃を回避しても発生した風でダメージを負うようだ。


 立て続けに熊の魔物は攻撃を繰り返してくる。

 風ごと回避するために動作が大きくなり、回避しきれずに剣で受ける。


 アズの身体が大きく弾かれた。両手に衝撃が残る。

 力では勝負にならない。後ろへと弾かれた。


 アズは上手く勢いを殺して着地する。しかしそこへ向かって熊の魔物が突進してきた。


 アズはそれをジャンプして回避し、熊の頭上から剣を振り下ろす。

 先ほどよりも力を込め、首を狙う。

 封剣グルンガウスに魔力を通し、斬る。


 体毛と共に首の表面をアズの剣が切り裂く。

 僅かだがダメージが通った。


 アズは着地し、灰王の構えを熊の魔物へと向ける。

 熊の魔物はこちらを見るが、息が荒い。


 よく見れば目も血走っている。


 先ほどのアレクシアの魔法によるダメージだろうか。

 見た目はそれほどではないが、熊の魔物の内部にはそれなりに効果があったようだ。


 熊は再び突進の体勢をとる。

 だが先ほどと違い、周囲が風で覆われはじめた。


 風と共に熊の魔物が突進する。

 その大きな見た目では考えられないほどに早い。

 風の力で加速している。


 突進を回避するだけではアズは危険だと判断し、大きく回避することを選択した。

 右に大きくとび、熊の魔物を回避する。熊の魔物はそこで立ち止まるが、風はそのまま突進方向へ向かい壁に激突した。


 壁がえぐれる。

 アズがもし正面から受ければ体がズタズタに引き裂かれていただろう。


 アズの顔に冷汗が流れる。


「下がって!」


 アレクシアの声と共にアズが後ろへと下がると、熊の魔物よりも大きな火球が熊の魔物へと直撃した。

 熊の魔物はそれを両手で掴むが、火球は止まらない。

 熊の魔物は壁へと押し付けられ、体毛が燃えていく。


 熊の魔物は焼かれながら渾身の力を込める。

 肉の焼ける音と匂いをさせながら。


 ひと際大きな咆哮の後、熊の魔物は火球を握りつぶした。

 火球は破裂し、火が熊の魔物を包む。


 焼けただれた熊の魔物が、息も絶え絶えに立っている。


 アズはそのタイミングを狙い、心臓を突いた。

 体毛が焼け、火傷で傷ついた体であってもアズの腕力では貫くのが難しい。

 封剣グルンガウスの力を借りてようやく心臓に剣が到達する。


 アズと熊の魔物と目が合った。


「ごめんね」


 アズはそう言うと剣を引き抜く。

 熊の魔物は倒れ込み、その体が崩れ落ちていく。


 残ったのは今までで一番大きく美しい風の魔石だった。


 熊の魔物は手負いでもアズより強く、アズ一人で戦えばとても勝てる相手ではない。

 アズは少しばかり早くなった鼓動を鎮めるのに些か時間が必要だった。


 アレクシアの魔力が消費されたこともあり、少しこの広場で休憩する事にした。

 沢山散らばっている風の魔石やエレメントの回収も行わなければならない。


 蜂の魔物の落とすアイテムは小さいが質は問題ないそうだ。


 拾いきると三人の荷物がほぼ埋まってしまった。


「少し休んだらもう帰りますか?」


 アズが鍋で干し肉と薄く切った芋をスープで煮ながら聞く。

 芋が煮えたら完成だ。器に盛りつける。

 付け合わせの硬いパンに、先ほど手に入った蜂蜜を添える。


「そうね。モンスターハウスに当たったからすぐ一杯になっちゃった」

「いくらリュックが軽量化されていても女三人ですからねー。次は運び屋を雇いますか」

「運び屋ですか?」


 熱いスープを息で冷やしながら、聞きなれない単語にアズが反応する。


「そう。臨時でパーティーに入れる人たちなんだけど、戦わない代わりに荷物をたくさん持ってもらうの。普通に潜るより沢山儲かるわ」

「運び屋さんは危なくないですか?」

「一応自衛は出来る人がやるんだけど、ちゃんとパーティーが守らないとダメだから危ないわね。人を選ばないと持ち逃げする人もいるし」

「えぇ……」

「安心しなさい。逃げたら燃やすから」

「それを聞いて何を安心するんですか?」

「蜂蜜美味しいー。あまーい」


 話しながら食べ終わり、始末をした後に三人は最初の風の迷宮攻略を終え、迷宮から脱出した。

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