第42話 誕生日の時と同じ

「それは……」


 こちらを見た。言葉に詰まり悩むレイオンを待つ。

 面倒なことをきいていると自分で思うけど、今なら彼の本音を聞ける気がした。


「同情?」

「違う」

「義務?」

「違う」


 また視線を逸らされる。結婚の条件なんてとっくにないものになっている。偽りであったことも理解してもらっているし、祖母に頼まれたからという義務感でここまでできるはずもない。

 

「ずっと考えていた事がある」

「なに?」


 私の家族からの結婚の申し出は彼にとっても驚くもので、最初は戸惑いしか感じなかった。けどレイオンはその場で承諾する。迷うことはなく、すんなり受け入れたと当時のことを教えてくれた。

 最初は友人の妹だから気にかけて、でもただそれだけで結婚の申し出を受けるだろうか。ここ最近それを考えていたと言う。


「私の両親が亡くなった時、側にいれば何か出来たのではとずっと考えていた」


 彼が御両親の訃報を耳に入れたのは王城で、急いで向かったところで物言わぬ二人との再会にしかならなかったと。

 領地内での転落事故だったそうだ。自分が付き添っていれば、少しは二人の助けになったのではと考え、自分を責めたと語った。


「両親を助けたいという思いと、過去にとらわれたままのメーラを助けたいという思いを同じように考え重ねていた……少なくとも最初はそうだったと思う。贖罪の代替と言えばいいのか」


 君には失礼な話だと小さく息をつく。

 御両親が亡くなった時はレイオンだって子供だった。私のように見えない傷になってもおかしくはないことだ。すぐに治るものではないのだから、罪滅ぼしに私を代替に使うことは決して悪いことではない。


「……けど今は違う。メーラだから、大事にしたい」


 握る手が緩められ、指と指の間に彼の指が入る。しっかり絡ませてから、再び力が入った。


「メーラと共にいる時間はとても心地が良くて、ずっとこのまま続いてほしいと思える」


 するりと絡ませた手を自身の口許に寄せる。唇が触れる指先から急激に熱を帯びた。


「とても、あたたかいから」


 彼の瞳に熱がこもっている。指先にかかる吐息が熱い。


「レイオン」

「……」


 寄せられていた手が下ろされ、こちらを見下ろす。目元の赤い彼と見つめ合うだけで、身体の奥がぎゅっと締め付けられた。


「私を受け入れてくれた」

「それは、」


 化け物のくだりだろうか。それだけで?


斟酌しんしゃくなく心から言ってくれたのはメーラだけだ」


 私にとって彼がフェンリルの血を引こうが引くまいが関係なかった。彼自身がすること、言ったことから彼自身を判断すればいいだけの話だし、本人には言えないけどケモ耳も尻尾も悪くないもの。

 御祖母様も同じ考えだったし、そう学んでいた。もしかしてそれはとても珍しいことなのだろうか。


「メーラ」


 ゆっくり近づいてきて、誕生日の時と同じだと悟る。


「今度は間に合っただろうか」

「今度?」


 鼻先が触れあうぐらい近くで囁く。私の言葉に応えず、瞳を閉じた。

 ああもうこのまま触れたいと思って同じように瞳を閉じる。

 身体の震えはいつの間にかおさまっていて、驚いて戸惑ってただけの前とは違って、はっきりとレイオンと触れると思った時、ノックの音で引き戻された。


「旦那様、奥様」


 触れることなく、するりと彼が離れていく。


「うわ……タイミング……」


 危なかった。またキスするとこだった。

 いやしてもいいのかな? 夫婦だし? でも好きあってる夫婦がすべきでは? レイオンから特段好きとは言われてないし……特別だというのは分かったけど、そこに愛とか恋とかあるわけじゃない。家族愛と言われる方がしっくりくるような気もする。


「……ここにいて。すぐ戻る」

「うん」


 絡められていた指が解かれ、寝室の扉へレイオンが向かっていくのを眺める。離れるのがおしい、なんて前も同じこと思った。

 いやいや待って、近くにいるのが当たり前すぎて感覚がおかしくなってる気がする。

 私から手を差し出して私から彼にもたれかかってたさっきまでの状態が急に恥ずかしくなった。顔が熱い。


「メーラ、食事はできそうか?」

「え?」

「少しでも食べた方がいいと」


 食事の話だったらしい。

 それを聞き、急に冷静になれたのはいいとして、どうしても食事をする気になれなかった。


「……食べたくない」

「そうか」


 痛そうな顔してる。

 心配はさせたくないけど、食事は難しそう。でも彼の憂いは払いたい。

 考えた末、部屋にあたたかいスープをもってきてもらった。それをいくらか口にしただけで先に進めない。


「レイオンは下で食べてきて」

「ここにいる」

「じゃあここに食事を」

「いらない」


 折角食べるようになってくれたのに、ここで食べなくなるのもと思ったけど、私に気を遣ってくれていると分かっているからなにも言えなかった。

 彼にも出されたスープは私と同じでほとんど手が付けられていない。合わせてくれているのだと嫌でも分かった。

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