一振りの君と落第勇者③
幼馴染のシャインが宿ったこれは聖剣で、それを輝かせる僕には勇者の資格がある。
事前に聞いていなかったらもっと混乱していたに違いない。
エヴリルは至極真剣な表情で語っていて、リアリストでロマンチストというよくわからない評価から察するに、これは嘘でもなんでもない話。
彼女は僕を現実的な観点から勇者の資格があると語り、あの瞬間に抵抗を選んだ僕に希望的観測から強者になれると思っている。
そういうことだね、シャイン。
(大体そうかも)
投げやりだ。
「……もしそれで本当に僕が、【勇者】の資格を持っていたとして。それで、どうすればいい? 僕は強くない」
「おそらく……【聖剣】は、君の強さを引き出してくれる筈だ。自分で覚えはないか? なんか、不思議な感覚があったり……優れている部分があると」
──ここだね。
エヴリルはおそらく純粋に、僕の勇者としての力に期待している部分がある。
シャインの言った一つの奇跡は、このとんでもない死に戻るという力だ。
これは馬鹿正直に言う必要はない。
もっとわかりやすく、それでいて強く聞こえるもの。
死ぬ。
蘇る。
未来を知る。
過去に戻る。
未来を変える。
僕に出来るのはそれだけだ。
(……第六感とか?)
悪くない。
でも、勘は分かりにくい。
死んでも元に戻れる。
この特性を利用できる力…………
「……少しだけ、心当たりがある」
「! 本当か、教えてくれ」
シャイン。
一つだけ聞いておきたい。
(なに?)
この嘘を告げてしまえば、このまま世界が続けば。
君の存在は僕しか知らなくなってしまうかもしれない。
僕は、シャインが世界中に讃えられる世界がいい。
僕が讃えられるより、シャインが誉められた方がいい。
君は凄いやつなんだ。
魔王まで、たった一つの命でたどり着いた。
魔軍斥候を全滅させるのに何回も死ぬような男が成り代わっていい人物じゃない。
真実を告げる気はないかな。
(ない。私は、ブレーヴに全てを押し付けた。この罪が公表されることがあっても、私が褒め称えられることは一切ない)
…………そっか。
君が言うなら、僕は納得しよう。
残酷なことをお願いしてくれるね、シャイン。
(……ごめんね、ブレーヴ。私が、戻れなくしちゃった)
いいんだ。
一度滅んだ運命を覆そうと選択肢を増やせたのは、君の力の証明だ。
たとえ世界中が君のことを忘れても、僕だけは絶対に忘れないよ。
(……うん。ありがとう、ブレーヴ)
覚悟は決まった。
選択肢も選んだ。
魔軍斥候を前に誓った時とは状況が違う。
僕は本当の意味で、【勇者シャイン】に成り代わらなくちゃいけない。
死んで世界から消えた筈の幼馴染が遺した最後の一手に選ばれた僕は、心折れることは許されない。
使える手札は全て使う。
勇者シャインの軌跡を辿る旅が、始まる。
「僕の勇者としての力は──【未来視】だ。それも、一寸先しか見えないような、使い勝手の悪い代物だけどね」
エヴリルとの会話を終えて、彼女が一度用事を済ませてくると言ったので、僕は自宅に戻ることにした。
自宅といっても大したところじゃない。
一兵卒でしかない僕は給与も低く、経済を回せ勇者を助けろと躍起になっていた前の世界ですら贅沢できなかったのに、意気消沈する今回ではもっとひどい有様だろう。
一部屋ワンルームで隙間風が身体を底冷えさせる寮。
それこそが僕の住む場所だった。
「懐かしいなぁ……」
『ああ、三年前なんだっけ』
「うん。シャインが死んでから三年もの間頑張った結果、誰もやりたがらない最前線の基地司令にされて鉄砲玉になったよ」
『それ任命したのだれ? ちょっと許せない』
「えぇ……」
『よくもブレーヴにそんな仕打ちしてくれたよね。わからせないと……』
剣だから何もできないでしょ。
『それでも怒らないといけない時はあるの! ていうか、本音を言うなら──……』
「……言うなら?」
『……なんでもない。ごめん、我儘だった』
「僕は君と話せるだけで嬉しい。三年間好きな人が死んだ状態で過ごせば、こうもなるよ」
『ちょっ……直球すぎ! この女たらし』
シャインはぷりぷり怒りながら鈍く光ったり光らなかったりしている。
分かりやすい。
「ああ、ここか。ただいま」
扉を開くと埃が舞った。
足の踏み場がないくらいにゴミが散らばっており汚く、虫が一斉に動いたのが見えるくらい不衛生だった。
うん。
この世界の僕はどうしたんだ。
そう思ったけど、確かにシャインもおらず実力も伸びす適当に生きてる世界の僕はこんな感じかもしれない。
彼女がもしかしたら来るかもしれない、会えるかもしれないと妄想を抱いて身嗜みを整えたり努力してたのが前の世界の僕だからね。
『きっ、汚!!! え、ゴミ屋敷じゃん!』
「ふ……今日は宿に行こうかな」
『だめー! 掃除しなさいっ』
怒られた。
好きな人に私生活で怒られた。
終わりだ……僕の人生。
でも前の世界の僕は本当にちゃんとしてたんだ。
信じてくれ、生きる希望も何もなければこうなってるような男だけど。
そうして部屋の汚さに打ちひしがれていると、どこからか転移してきたエヴリルが僕の横に着地して、扉の先を見ながらポカンと口を開きながら言った。
「待たせたな、シャイ……ン……」
「…………いやー、忘れてたよ僕の家のこと。ハハハ」
「…………人には得て不得手がある。あまり気にするな」
「…………エヴリルは優しい人だなぁ」
(私が優しくないみたいな言い方、許せない)
どちらかといえば呆れずに仕事しろと尻を叩いてくれるシャインの方が好きだよ。
(好きっていえばはぐらかせると思った? 悪い男になったね、ブレーヴ)
生きた年季が違うからね、文字通り。
僕は大人の世界を知っている。
でもどんな女性を抱いても、君のことは忘れられなかったからな……あっ。
(…………詳しく、教えてね……)
表情に出ないように怯えを隠しながら、鈍く光る聖剣に従う以外の選択肢を僕は持っていなかった。
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