03 言葉の意味
流れるような動きに、何も考える暇が無かった。
瑠惟の右手の甲に口付けたその男を呆然と見つめていた絋夢が、我に返り重ねられたままのふたつの手を切り離して拳を振り上げる。
「絋、下がって」
殴り掛かろうとした瞬間、瑠惟に強い口調で制されて悔しそうに握り締めた手を下ろした。
「またのお越しをお待ちしております」
丁寧に礼をした瑠惟を下唇を噛み締めて見つめる。
客が店から出ていったのを確認してすぐ、絋夢が瑠惟の右手首を掴んだ。
「何であんな事許した!?」
「別に許したわけじゃな……つっ」
絋夢に手首を強く握られて眉を顰める。
「いつも言ってるだろ? ルイは隙が有りすぎるって」
「でも、まさかこんなことされるなんて思わなかったし……挨拶みたいなものかもしれない だろ?」
特に海外の人には見えなかったけれど、そういう風習のある人なのかもしれない、と瑠惟が告げた途端、先程の客の唇が触れた手の甲を舐めた。
「ひろっ!」
振り払おうとしたが、しっかり握られていて逃れることが出来ない。絋夢は何度もそこを舐め、仕舞いには歯を立てて吸い上げる。元々痕の残りにくい部分な為、うっすらと赤くなっただけだったが、微かな歯形が残った。
「絋……」
悲しそうに呼んだ瑠惟を力一杯抱き締める。
「あいつ……前から怪しいなって思ってた。しょっちゅう厨房覗いててさ……俺がもっと注意してたら……そしたらこんな事にはならなかったのに」
その言葉で初めて理解した。絋夢は独占欲は強いけれど、こんな風に瑠惟に当たったりはしない。
「ごめんね」
抱き返して背中を撫でると、さらにぎゅっと抱き付いてきた。
(絋は……阻止できなかった自分を責めているんだ。悪いのはおれなのに……)
油断したというよりも全く警戒していなかった。男だったし、いつも人の良さそうな笑みを浮かべていたから。
手の甲にキスを受けた事自体はそれほど気にしてはいない。ただその事で絋夢が自身を責める事が瑠惟にとって何よりも辛かった。
(誰かがおれに触れる事は許さない……そう言っていた絋の言葉は、こんなにも大きな意味を持っていたんだ)
絋夢が自分に抱く執着は、罪悪感からの部分が大きいのだと思っていた。だから絋夢に他に好きな相手が出来たら潔く身を退こうと……そう決めていた。
「絋、ごめんね……ごめん」
擦れた声を聞いて、絋夢が慌てて瑠惟の顔を覗き込んだ。
泣かせてしまった事実に驚き、同時に自分を責めた。あの状況で……しかも瑠惟が、キスを拒めるはずが無い。それなのに八つ当たりした。
「ルイ、ごめん……」
溢れ出る涙を唇で吸い取ると、瑠惟が首を振った。
「違う」
たった一言呟いて絋夢を抱き締める。
いつか別れが来るだろうと諦めていた自分が……絋夢を信じていなかった自分が許せなかった。
「絋」
呼び掛けると、優しい目で見つめてくれた。
「ありがとう」
突然言われた謝礼に絋夢が首を傾げる。
―― 今、君と一緒に居られることが嬉しい ――
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