02 君が居る事

「やっぱりやろうよ」

 投げ掛けられた言葉に絋夢が首を振る。

「お断わりだ」

「でもこのままじゃ絋が大変でしょ?」

 話しながらも手の動きは決して止めない。

「絶対お断わり!」

 先よりも強く主張した後、カウンターの上に置かれたサンドイッチとホットコーヒーの乗ったトレイを運ぶ。

「あっ絋、戻る時5番のオーダー聞いてきて」

 マスターの言葉に絋夢が「了解」と頷いた。それを確認した後、次の料理に取り掛かる。



 今日は近くの高校で文化祭が行なわれたらしく、その影響で夕方から一気に店が混み始めた。

 元々席数が少ないので店内の客数も限られているとはいえ、テイクアウトのみの客も合わせると普段の何倍も忙しく、瑠惟と絋夢は目まぐるしく動き回っている。

 この喫茶店に来る客の大半は瑠惟か絋夢目当で年代も中学生から大学生、OLと様々だ。そして本日は、いつも来てくれる高校生が集中して来店してしまったのではないかと思えるほどの混雑ぶりだ。

「ルイ、5番パンケーキ、ワッフル、ダージリンにコーラ」

「了解、絋、これ3番」

 伝票を瑠惟に手渡し、カウンターに置かれたショートケーキと、ミートソーススパゲティ、アイスティー2つをトレイに乗せ、再びホールへと戻っていく。

 こんなやりとりが延々と繰り返され、二人が一息つけたのは、閉店から一時間たった22時だった。

「疲れた……」

 カウンターに両腕を投げ出し、その上に頭を乗せた絋夢の前にアイスコーヒーが置かれる。

 耳元で、カランっと氷のぶつかる音を聞いて顔を上げると、深い緑の瞳と目が合った。

「お疲れ様」

 微笑んだ瑠惟の手を絋夢が掴む。

「お前も疲れてるだろ? こんなことしなくて良いのに!」

 引きずられるままに絋夢の隣に腰掛けた後、瑠惟は「いらなかった?」と首を傾げた。

「あぁっもう!!」

 もどかしげに叫ぶと、目前の人物を引き寄せる。

 ぎゅっと抱き締めて、耳元で「ありがと」と呟いた絋夢の言葉に優しく微笑むと、そっと抱き返した。

「ねぇ絋、やっぱりもう1人くらい雇わない?」

 背中を撫でながら告げた言葉を絋夢は「断る」の一言で拒絶した。

「何でいつもそうなの? さっきだって募集しようっていったのに、お断わりって言うし……」

 不思議そうに見つめる瑠惟の瞳をじっと見つめ返す。

「絋?」

 小さく呟いた唇を塞ぐと同時にこじ開けるように口腔内に侵入させた。

「んっ」

 驚いて声を上げた瑠惟の、奥に引っ込めていた舌を絡め取り、上顎の裏や根元を執拗に攻める。時折店内に荒い息遣いが響き、瑠惟が絋夢の衣服を握り締め、とろんとした瞳を向けた頃、やっと解放した。

「ひ……ろ?」

 しっとりと濡れた唇を見つめ、絋夢が再び口付ける。今度は軽く触れるだけのキスを落として、ぎゅっと抱き締めると、瑠惟の耳元で拗ねたように呟いた。

「俺はルイと二人だけで此処をやっていきたい。この場所に別の誰かが入り込むなんてイヤだ」

「それが理由?」

 優しく問い掛けると「ルイが今以上にベタベタさせてくれなくなる」と続ける。

 絋夢の理由を聞いて、呆れたように息を吐く。

「今以上も何も、店でひっつくなって言ってるだろ?」

 言いながら頬を摺り寄せた絋夢の緋色の髪に指を絡めた。

「ヤダ」

「ヤダって……絋夢」

「俺はいつでもルイに触れたいし、いつだって抱き合ってたい。ルイが他の誰かに触れる事は許さない」

 黒い瞳にじっと見つめられて困ったように微笑む。

 2歳年下の恋人は、大人びているのか子供っぽいのかよく分からない。

 でも絋夢のこの独占欲は決して嫌いではなかった。

「仕方ないなぁ……じゃあ忙しくても文句言うなよ」

 髪を優しく撫でていた瑠惟の手首を掴み、口元に運ぶと指に噛み付く。

 絋夢は口内の指に舌を絡めながら不適に笑った。

「たくさん喰わせてくれたら平気」

 『喰う』が何を指しているのかをすぐに理解し、瑠惟が顔を俯ける。

「手加減してくれよ。じゃなきゃおれがもたない」

 ぼそって呟いた瑠惟を強く抱き締め、「どうしようかな?」と笑いながら、放置されていたコーヒーに手を伸ばした。一気に飲み干し、「ご馳走様」と囁くと目の前の瞳に唇を落とす。

 甘い雰囲気のまま衣服に指を掛けると、瑠惟に手を甲を叩かれた。

「明日の仕込みが残ってるの。絋は先に上がってて」

 自宅のある二階を指差されて絋夢が不満を顕わに見つめる。

「終わったらすぐ帰るから……」

 優しく見つめられて、絋夢は渋々と二階に上がっていった。

 沈んだ後ろ姿が可愛くて、瑠惟がそっと微笑む。


(……君が居てくれて良かった)


 両親を亡くしたあの日から何度思ったことだろう?

「絋が居てくれるから……おれは頑張れるんだ」

 絋夢の口内に含まれていた指にそっと唇を寄せた。

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