第59話 目が覚めた

 ずっと疎外感を感じていた。


 自分は農家の末っ子として生まれ、お兄さんたちと比べたら虚弱体質で農作業には向いてないと疎まれていた。


 体を使っての遊びは苦手だったから、いつも村の友達からは笑われ、無視されてきた。


 そして、自分が属性に目覚めた時、自分を蔑ろにしていた人々の視線は嫉妬に変わっていた。


 自分だけ浮いている存在だ。


 自分だけ違う。


 だから自分はここにいるべき存在ではない。

 

 自分が生まれた町の男女は彼ら彼女らだけでできている繋がりがあって、遊ぶとか言い争いとか、恋愛とか、そういった人間として当たり前のことをしていた。


 だが、


 そこに自分は存在しなかった。


 だから、昔から昆虫に興味深々だった自分は属性に目醒めてから、山に向かい、そこで一人で遊んだ。


 そんな時、大きな猪に命を狙われたところ、ブーちゃんとヘラクレスくんが自分を助けてくれた。


 ブーちゃんとヘラクレスくんは、自分がテイムできるような位の低い虫じゃないはずなのに、会話をしていくうちに気に入られ、そのまま自分にテイムされてくれた。


 以降、自分はこの二匹の巨大な虫たちと行動を共にした。


 でも、村人からは白い目を向けられていた。


 ここにいても、自分はいらない存在。


 せめて家族たちとは仲良くしたかったのに、お兄さんたちからは嫉妬の視線を、お父さんからはご自分の出世の道具として、お母さんからは自慢の道具として。


 もういなくなってあげた方がマシだ。


 きっと逃げ先が、ここを凌駕するほどの地獄だとしても、自分はいなくなった方がマシだ。


 だからオルビス魔法学園附属オルビス研修所に入所したわけである。


 自分の予想は見事に当たった。


『あなたの全てが嫌いですの!!大っ嫌いですの!!あの巨大な昆虫を見るだけでも吐き気が……早く消えなさい!!!ものを私に近づけるなあああ!!!!思い出したくない……っ、ウブッ!』


 カサンドラ様から言われた言葉を思い出すたびに、心が抉り取られるように痛い。


 苦しい。


 全自分を否定されて辛い。


 だけど、


 意外と、悪いことばかりではなかった。


 カール先輩とエリカ先輩。


 カリン様とエルシア様。


 普通なら、一緒にいるだけでも場違いというか、自分如きが近づいていい方々ではない。

 

 しかし、カール先輩は、


『ああ。俺、元々太かったからな。昔は無邪気に遊んだけど、陰で俺が太っているという悪口を言うやつらがいることを知って引きこもってたよな』


 ご自分の黒歴史を一介の平民にすぎない自分になんの臆することなく話してくれた。

 

 そして、エリカ先輩の言葉はとても印象的だ。


『ふふ、そうよ。私とカールはお似合いなの!だからね、フラン君も近いうちにきっと見つかると思うの!フラン君に似合う女の子が!』


 何回も『フラン君に似合う女の子が!』というエリカ先輩の言葉が自分の頭でこだまする。


 けど、


 そんな日は決して訪れないことをよく知っている。


 属性を持たない平民は平民の生き方で一生を終える。

 

 貴族は貴族同士で、交流し愛し合う。


 ハイブリッドのような存在である自分に入り込む余地はどこにもない。


 しかし、嬉しかった。


 公爵家の方々が自分を慰める言葉を言ってくれて、光栄だった。

 

 平民如きのために考えてくれる優しさが、自分の心を暖めてくれた。

 

 気休めにすぎないということを誰よりも知っている。


 けれど、こんなに素敵な人間関係を築けたのは初めてだった。


 自分に優しく接してくれたカール先輩とエリカ先輩。


 きっと時間が経てば、この健全な関係はいつものように醜いものへと姿を変えるのだろう。


 だから自分は岩の洞窟から脱出しなかった。

 

 短い時間だったけど、カール先輩とエリカ先輩との思い出を大切にしてくて……


 そして


 カサンドラ様、無事で良かった。


「ん……」


 眩しい。


 目を開けたら天国かな。


 だとしたら、自分は日光を浴びつつ眠りたい。


 ずっと眠りたい。


 世界が終わるまで。

 

 そう思って目を開けると、


「……ここは」


 オルビス魔法学園にある医務室だった。


「僕、なんでここに?」


 てっきり死んだと思ったのに、見たことのある風景に戸惑いを覚えるフラン。


「生きている……」


 眩しい光は風と共に開け放たれた窓から入り、カーテンは踊っているように揺れる。


 患者服を着ている自分。

 

 どれほど寝たのかは知らないが、まるでシャワーを浴びたように体は綺麗で、微かな香りが鼻腔を通り抜ける。


 そして、もう一人の女の子の匂いも。


「……」

「カサンドラ様……」


 彼女は制服姿で、小さな椅子に座った状態で、自分のベッドに突っ伏して寝ている。


 彼女の目の周りはピンク色で腫れ上がっていた。


「……」


 フランは寝ている彼女に触れないようにしてこの医務室を出る。


 頭痛がするが、ひどいレベルではないため、フランはひたすら歩いた。


 廊下を歩く男女が自分を不思議そうに見つめるが、自分は意に介さず前を向いて進む。


 どうやら昼休みらしく、みんなは昼食の話題で持ち切り状態。


 自分はある場所を目掛けて走ってゆく。


 いつもお二方が食事を摂るテラスまで。


「フラン……」

「フランくん……」

「カール先輩、エリカ先輩」


 カール先輩は自分を見るや否や、走ってきて、平民である自分を抱きしめてあげた。


「また死のうとしたら、マジで許さないからな」

「僕を助けてくれましたか?」

「ああ。俺が岩に憑依をかけてお前を守らせたんだ。そして、カサンドラが風の魔法を使って、お前を見つけたのさ。エリカもカリンもエルシアちゃんも、みんな力を合わせてお前をここまで連れてきた。ブーちゃんとヘラクレスくんもな」

「……」

「俺と約束しろ」

「約束?ですか?」

「ああ。もう我慢するのはやめろ。自分の気持ちは、相手が貴族だろうが平民だろうが関係なく全部言え。わかった?」

「そんなことすれば、僕……嫌われ……」

「嫌ってる奴もいるだろうけど、俺は好きだ」

「え?」


 予想外のことを言われ、戸惑うフランにエリカが口を開く。


「私も我慢したり、気を遣うフランくんより、もっと自分の感情を包み隠さず伝えるフランくんの方が格好いいと思うわ。フランくんが嫌われるとしても、私たちはずっと味方よ」

「エリカ様……」


 フランが目を潤ませて感動している。


「俺がフランの後ろ盾になる。だから、もっと悪役っぽく振る舞っていいさ」

「あ、悪役……」


 まあ、お前も俺も元はと言えば悪役だからな。


「約束、守ってくれるか?」


 俺はフランの灰色の瞳を真っ直ぐ見つめて問う。


 すると、


 フランは明るい表情で


「はい!」


 彼の声が気に入ったにで、俺はフランの肩を押さえて空いている手でサムズアップしてあげた。


 あとは、大事なことを伝えなくては。


「フラン、お粥でもなんでもいい。とにかく食べろ。お前にはやらないといけないことがある」

「やらないといけないこと?」

「カサンドラのお兄さんがここにきている。フランと会いたがっているんだ。行って、あの男にお前の本音を伝えてこい」

「……」


 フランは体を震えさせる。


 だけど、彼の目には強い意志が込められているように見える。



 




 

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