第24話 ティアナは満たされる。
X X X
俺とエリカは一緒に散歩をしながら学校の施設の位置を確かめたり情報収集をしたりしながら時間を効率よく潰した。
そして気がつけばすっかり夜になっていて、現在俺の部屋には俺含む4人(俺、エリカ、ティアナ、スカロン)がいる。
俺とエリカはベッドに腰掛けていて、ティアナとスカロンは礼儀正しく立っている。
オルビス魔法学園の寮では、消灯前までは使用人を同伴しての他の人の部屋への訪問は認められる(ただし、品行がよくなければ寮長が判断してお断りすることもある)。
俺とエリカは今日、クラスであった出来事を信頼のおけるメイドと執事であるティアナとスカロンくんに話した。
「そんなことがあったんですね!さすがカール様とエリカ様です!」
「やっぱり僕からしてみても、お二方は歩くだけでも注目を浴びてしまうほどのオーラを出されてますからね!しかも婚約した事実を打ち明けられたので、この噂は諸外国にあっという間に広がるんでしょう!」
メイド姿のティアナは人より少し長めの耳をかわいく動かせながら喜び、スカロン君はガッツポーズを取り、悦に浸かっていた。
そんな二人に向かって俺は口を開く。
「ところで、二人はどう?まだ日は浅いけど、ここには慣れたかな?」
俺の問いにスカロンが真っ先に答える。
「お気遣い痛み入ります!僕ならご心配無用です!どんな環境においてもエリカ様を支えるのが僕の役目ですから!」
胸をムンと逸らし、自信満々な姿を見せるスカロン。
まあ、他のボルジア家の脳筋執事マッチョのぐいぐいくる感は少ないが、それでも実に頼もしい。
ボルジア家の執事さんはとても積極的で明るくていい人たちなんだけど、長く時間を共にすると、ちょっと疲れてしまう。
スカロン君ほどがちょうどいい。
俺はクスッと笑って、冗談混じりにいう。
「それはそうとしてルビとはどんな感じ?」
「っ!!」
今まで自信に満ち溢れていたスカロンが急に固まった。
すると、ティアナがしれっと口を開く。
「ルビ……ちょっとかわいそうかも。ずっと逃げられているし。スカロンさんヘタレだから」
ああ、
ルビよ、お前の恋は前途多難のようだ。
「僕はエリカ様に仕える身です!恋愛なんてもってのほかです!」
スカロンは真面目な表情で自分の胸を手のひらで強く叩く。
すると、エリカが耐えかねて口を開いた。
「好きならちゃっちゃと付き合いなさいよ!ボルジア家の家訓を知らないの?」
「……鍛錬、情熱、行動」
「そうよ。スカロンは鍛錬と情熱はあるけど、恋愛においては行動力なさすぎ」
「……」
スカロンは恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。
「そのへんにしておいてくれよ。エリカ」
「ふふ、そうね」
エリカがクスッと笑って、俺にくっついた。
ティアナは俺たちの会話を聞いて満足したように頬を緩める。
なので、俺はティアナにも訊ねることにした。
「ティアナはどう?ここでの仕事、慣れてる?」
「わ、私ですか?」
と、俺に問われたティアナは若干戸惑う。
俺の制服を洗濯してくれたり、起こしに来てくれたりとやっていることは家にいる時と同じだが、違う場所での仕事はむしろ負担になりかねない。
それに……
「え、えっと……私は大丈夫です。ハミルトン家の屋敷にいる時と比べたら、仕事の量も大したことじゃありませんし」
ティアナがあははと笑っていると、スカロンが突っ込んできた。
「の割には、夜まで仕事しているんですよね?一人で」
「そ、それは……」
「ティアナ……本当か?やっぱりハーフエルフだから、周り気にして……」
俺が目を細めていうと、ティアナは視線をあっちこっちに向けてあははとまた作り笑いする。
笑っているティアナは苦悩を抱えている。
なので、俺は口を開いた。
「ティアナは俺の専属メイドで家族だ。だから、もし人族がティアナをハーフエルフだと差別したり揶揄うのは、この俺を侮辱するのと同じだ」
「か、家族……そんな……私なんかが……」
ティアナが家族という単語を口にして、紫色の瞳を潤ませた。
「なんかじゃない。ティアナは俺の立派な家族だ。そう呼ばれるにふさわしい行いを、ティアナはたくさん俺に見せてくれた」
「……カール様」
ティアナが感動したようにスカートをぎゅっと握り込んで俺を切なく見つめてくる。
「カール優しい……本当、こんな格好よくて優しい姿見せられたらますます好きになっちゃう……ああ……好き……だいしゅき…… んしたい……」
エリカが俯いた状態で何かを小声で呟いて体を小刻みに震えさせているが、何を喋っているのかよくわからない。
やがて、エリカはベッドから立ち上がり、そのままティアナを強く抱きしめた。
「っ!エリカ様!?」
「カールを侮辱するのは、私を侮辱するのと同じね」
「……」
「何か不当なことをされたら言ってほしいわ。ボルジア家で最も重んじるのは鍛錬、情熱、行動だから」
おいおい!なんで行動を言う時にだけわざと強調するような話し方になってんだ?
完全にヤクザのあれだからシュールだ。
まあ、これがエリカの持ち味であり魅力でもあるからな。
俺が苦笑いを浮かべていると、抱きしめられているティアナがエリカの一瞬戸惑っていたが、時間が経つに連れて巨大なマシュマロの虜になっていた。
ああ、結局ティアナもカリンに次いであの魔性のおっぱいの虜になってしまうのだろうか。
全然いいけど。
X X X
ティアナside
学生寮の消灯時間が過ぎ、ティアナは使用人専用の寮に戻り、自分の部屋に戻った。
「……カール様」
暖かくなった自分の心に両手をそっとおいて、甘美なる吐息を吐くティアナ。
こんなに幸せな想いをしても良いのだろうか。
自分は一介のハーフエルフのメイドにすぎない存在なのに、こんなに心が満たされるような快楽を味わってもいいのだろうか。
自分の悩みを的確に理解して、想像を絶するほどの優しい言葉で自分の心を温めてくれた。
「ああ……カール様」
捨てられて拾われて捨てられてまた拾われて……
だから200kgを優に超えるカール様に仕えた時は弱音を吐かず、頑張ることができた。
捨てられずに役割が与えられるだけでも、自分はそれをやり甲斐とし、それ自体が生きていくための力だった。
でも、
カール様がイケメンになって、優しくなって、犬猿の関係のボルジア家のエリカ様と婚約して平和をもたらした。
変わっていくカール様。
つまり、それは自分の今までの役割が変わって行くことを意味する。
それを証明するように、長年勤めていたハミルトン家から離れ、ここにやってきた。
ここにはルビとスカロンを除けば、おそらくハールエルフに耐性がない人たちだらけ。
だから不安だった。
とても不安だった。
また昔みたいに差別を受けて、嫌がらせを受けて、いつかカール様に捨てられるんじゃないかと。
死より恐ろしい寂しい想いをまたするのではないかと。
アーロン様から寮でカール様の世話をするようにと命令を受けた時からずっと平静を装っていた。
しかし、この不安は無くならない。
だけど
カール様は今日……
自分の全ての不安を取り除いてくれた。
「ん……ずっとカール様に仕えたい……」
幸せすぎて、どうにかなってしまいそう。
この幸福という感情を感じすぎて怖くなる前に、ティアナはカール様や自分の洗濯物が入ったカゴを持って、部屋を出た。
月明かりが煉瓦造りの寮区域を照らす。
夜風は名知らぬ草木を揺らし、自然の匂いを運び、ティアナの美しく整った鼻の穴に入った。
さっきまでカール様のことを思い出して熱った体も涼しい風によって冷め始める頃、清流のせせらぎのような音がティアナの少し尖った耳に入ってくる。
オルビス魔法学園の近くにある水辺から流れる綺麗な水が掘られた溝を通っている。
ここは使用人たちが使う洗濯場。
今は誰もいない。
門限や消灯時間が存在しない使用人たちも明日に備えて寝ていることだろう。
学生たちはとっくに寝る時間で、そもそもここは学生たちがくるところではない。
オルビス魔法学園に来てから、ずっと人気のない夜を狙って仕事をしてきたつもりだが、これからは人族の視線を気にせずにやっていこうか。
差別は受けるかもしれないけど、自分には家族がいる。
それだけでも力が沸いてきた。
意気込んで広々とした洗濯場を見渡しているティアナ。
すると、日陰を提供するために植えられたと思われる大きな木下で佇む制服姿の女性がいた。
「……」
あの人は肩まで届く自分のピンク色の髪をかき上げながらお月様を見上げている。
月光に反射される彼女の顔は物憂げだが、顔全体は整っていて、品があり、色気も兼ね備えている。
背は160センチほどで、体は全体的に細い。
だけど、女性であることを主張するように胸のところに膨らみがあり、エリカ様よりは小さいが、自分のものより大きい巨乳と言われるに相応しい胸を持っている。
細い腰と傷ひとつない真っ白な美脚。
エリカ様とエイラ様とは違う雰囲気だ。
「ん?」
ピンク色の髪の女性と目があった。
同じ紫色の目から放たれる視線がぶつかった。
どうしよう。
自分の尖った耳を見られてしまった。
一瞬戸惑うティアナだったが
不思議と恐怖を感じることはない。
カール様とエリカ様のおかげかと安堵のため息を吐いていると、ピンク色の美少女は小首を傾げて、ティアナを不思議そうに見つめる。
洗濯カゴを持っているティアナは、彼女が向けてくる視線に嫌悪や差別と言った負の感情がないことに気が付き、ティアナも顔をかわいくキョトンと傾げてピンク色の髪をした美少女を見つめた。
二人はしばらくの間、紫色の目をパチパチさせながら見つめ合う。
追記
★1000超えました!!!
異世界週間ランキング10位にもなりました!
ありがとうございます!
アーロン様とエイラ様の絡み早く書きたいですね
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