第17話 ヨハネとカリン

 ヨハネ・デ・ボルジア。


 イラス王国の王都で彼の名を知らない人はいないであろう。

 

 ボルジア家の長男にして、王室直属騎士団の団長を務める彼は今、騎士団員を引き連れて、王都近くの森に現れたモンスターを退治している。


「グアア……」

  

 息を切らすガーゴイル。

 

 本来、ガーゴイルは強い上級モンスターで王都から離れたところに生息するが、時々群れから離れた個体が紛れ込んだりもする。


 その時には王都に非常事態宣言が敷かれ、真っ先に騎士団が遣わされる。


 身体中が傷だらけで今にも空から落ちてしまいそうなガーゴイルに対して、ヨハネは至って冷静である。


 3メートルほどの斧を持っていて、甲冑を身にまとうヨハネは実に男らしい。


 鍛え抜かれた体にはコンクリートより硬そうに見える筋肉がついており、腕と手には血管が浮いている。


 赤い髪は、エイラとエリカとは違って、柔らかさはなく、若干癖毛だ。


 顔は整っているが、漢という単語がふさわしい雰囲気だ。


 彼のエメラルド色の瞳からはまさしく漢さえも圧倒するであろう強烈な視線が放たれている。


 ヨハネは自分の斧を空に浮かんでいるガーゴイルに投げながら大声で叫ぶ。


!!!!」


 すると、斧はものすごいスピードで回転してガーゴイルのところへ弧を描きながら飛ぶ。


 回転によって、斧周りにはトルネードができており、そこからは真っ赤な雷が生じたり消えたりを繰り返す。


 やがて、3メートルほどの斧はガーゴイルに直撃した。


「キュウウウウウウウ!!!!」


 断末魔をあげて盛大に散るガーゴイル。


 戻ってくる斧を手で握るヨハネ。


「めっちゃ格好いい……俺、騎士団に入ってよかった」

「ヨハネ様……本当に強くてイケメンで……俺もヨハネ様みたいになりたい……」

「男でも惚れちまうだろ……」

「ヨハネ様……今度デートに誘ってみようかな。恋人がいるって噂は聞かないし。うふふ」

「ばか、ヨハネ様は本当に真面目な方だからそんなことしたら怒られるわよ」

「まあ、確かに真面目な方だよな。騎士団長としての仕事と強くなること以外は頭にない人間みたい」


 騎士団の男女がガーゴイルを倒したヨハネの格好よさに惚れていると、ヨハネが彼ら彼女らを見て口を開く。


「周りの村に被害がないか確認しろ」

「「は、はい!」」

「あと……ガーゴイルを疲れさせるためにみんな頑張ってくれたが、チームワークが前と比べて満足いくものではなかった。だから、何が足りなかったのか、帰還したら反省会を開いて語ろう。俺の采配ミスもあったし、諸君の訓練の甘さもあった」


 ただただ自分の立場を利用して、悪いのは下の人で、自分は偉いですよみたいなことを言うわけではなく、自分を客観的に評価してから他人も客観的に評価する。


 その上、より高みを目指す姿勢まで兼ね備えている彼に騎士団の人々は感動し、口を揃えて応える。


「「はい!」」


X X X


ボルジア家



 反省会を終えて家に帰ったヨハネは早速、執事たちと筋トレをする。


 そして訓練場に行って、執事たちと一戦交える。


 まるで脳みそまで訓練、戦い、筋トレでできているではと勘違いするほどの光景である。


 汗をだいぶ流したヨハネはシャワー室に入り、シャワーをする。


 鏡に映っている自分。


 今の彼は何を思っているのか。


「カール……」


 彼の名を口にしては握り拳をつくる。


 それによって体の筋肉がより強調される。


「なんていい男だ!!」


 そう叫んで、漢らしく荒く自分の体を洗っていく。


 思い返してみても、カールは本当にいい男だ。

 

 いいことしかしてない存在だ。


 自分の妹を変えてくれた恩人。


 そして、自分のボルジア家とハミルトン家の繋がりを作ってくれた男。


 妹の件については、頭を一万回下げて感謝の言葉を伝えても全然足りない。


「……」


 そして


 ボルジア家には行政に詳しい人がいない。


 ここの使用人の全員は戦闘能力と執事能力だけが非常に高いエリートたちだからである。


 ゆえに、この広々としている敷地や領地をちゃんと管理できているはずがない。


 文を見下す自分の母のことだ。


 自分の領地に関する情報を毎年、王室側に報告しないといけないが、ちゃんとした報告はこれまで一度も出したことがない。


 母曰く行政に関しては領内の商人に一部を委託しているとのことだが、やっぱり心許ない。


 膨大なボルジア家の領地に関する難しい書類を作成してくれる人材がなく、王室側もボルジア家も、領地に関する状況を把握していない。


 ボルジア家は中立派で、王室から非常に信頼されるいることから、目をつぶっているが、これがもし貴族派だったら、えらいことが起きるであろう。


 王室側が「貴族派は隠蔽している」と言いがかりをつけて貴族派を潰そうとしたことだろう。


 これ以外にも、ボルジア家にはやらないといけない事務作業がたくさんあることを長男である彼はよく知っている。


 これまで放置していた事務作業の一部を、ハミルトン家のメイドたちが手伝ってくれている。


 執事たちのほとんどがハミルトン家のメイドたちと婚約している状態だから、メイトたちは休日を利用して自分の仕事のように熱心に書類作業を手伝ってくれている。 


 執事たちにもイラス王国における行政や事務のことを教えてくれているのだ。


 メイドたちにはとても感謝している。


 だけど、きっかけを作ったのはカールだ。


「本当に……よくできた男だ。エリカが惚れるのも納得だな……」


 最近のヨハネの頭の中ではカールでいっぱいだ。


 カールという男をもっと知りたい。


 カールの家庭環境が知りたい。


 カールの家族が知りたい。


 ハミルトン家のことがもっと知りたい。

 

 シャワーを終えた彼は意を決したようにふむと頷く。


 明日のエリカはカールとデートをする。


 メイドたちに話してもらおうか。


 明日は非番だ。


 運動する目的以外でハミルトン家に行くのは初めてだ。


X X X


翌日


 朝練を終えてご飯を食べてからヨハネは軽鎧姿で馬に乗ってそのままハミルトン家へ向かう。


 以前、カールから自由に出入りしてもいいと許可はもらったが、なんの連絡なしに訪れるのは気が咎める。


 だけど、自分の胸の中でたぎる気持ちは抑えることができなかった。


 ボルジア家とハミルトン家はそんなに離れているわけではないので、馬を走らせば、簡単に行ける。


 やがてハミルトン家についた彼は門番たちと目が合った。


 門番たちは頭を下げて、ドアを開けてくれる。


 通されたヨハネは周りを見渡す。


 すると、多くのメイドたちがヨハネの姿を見て頭を下げた。


 ヨハネは頷いて、一礼すると、うち小悪魔っぽいルビがタタタっと走っては、ティアナを連れてきた。


「ヨハネ様!おはようございます!」

「おはようございます〜スカロンっちは元気ですか?」

「おはよう。スカロンは元気だ」


 スカロンが元気だと聞いて微笑みを浮かべて喜ぶルビ。

 

 ティアナは小首を傾げて問う。


「ところで、なんの用でしょうか?」

「あ、すまない。やっぱり連絡をしてから来るべきだった。迷惑をかけたようだな」

「い、いいえ!全然そうではありません!ちょっと驚いただけです!ちなみにカール様はエリカ様とデート中なので、ここにはおられません」

「わかっている。俺が来た理由はな……」

 

 ヨハネは恥ずかしがる様子もなく、事情を話した。


 すると、ティアナは大喜びで口を開く。


「それなら大歓迎ですよ!私なんかでよろしければ……いいえ、私なんかよりカリン様と話された方がよろしいかと!」

「カリン……って、ハミルトン家の長女……」

「はい!今日は研修所がお休みだから部屋にいらっしゃいますので!とっても賢い方です!」


 ティアナが息巻いて説明をするが、ルビがげんなりしながらティアナの言葉を遮る。


「い、いや……最近のカリンお嬢様、結構やばいんだよね……」


「「やばい?」」


 ティアナとヨハネの声が完全にハモる。


「なんか、病まれているというか……」

「どういうこと!?聖属性のカリン様が病むなんて……ヒールが効かない難病にでもなられたの!?」

「い、いや!そんな意味じゃなくて!ちょ、ちょっと!待って!」


 ティアナはカリンのことが心配になり、そのまま走り出す。


 ルビはティアナの後ろを追いかける。


「……」


 ヨハネも戸惑いつつも流れで二人について行った。


「な、なんだ……この真っ黒なオーラは……」


 ヨハネがカリンの部屋のドアから漏れてくるドス黒い何かを見て当惑する。


「これは早くドアを開けないといけません!!カリン様が危ない!」

「い、いや。だから、ティアナが想像するようなことじゃないから……」


 ルビの言葉が耳に入ってこず、慌ててドア開けようとティアナはドアノブを引っ張る。


 だが、カギが掛けられたため、ドアは微動だにしない。


「カリン様!!カリン様!!ご無事ですか!?」


 叫ぶティアナを見てヨハネは、


 彼女の後ろにやってきては、


 ドアに手のひらをそっと置いて、


 力を入れた。


 すると、ドアは壊れた。


 そこには、


 真っ黒なオーラを放ちながら頬をフグばりに膨らませているドレス姿のカリンがいた。


 すでに色褪せた目はアンデットを連想させる。

 

 カリンは壊れたドアに視線を向ける。


 すると、赤髪の筋肉イケメンであるヨハネとばったり目が合う。


「ん?」


 カリンは小首を傾げた。


 ヨハネが目を丸くして呟く。


「凄まじい殺気だ……」


 

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