第45話 セラの弟

 スタックリドリーは仕事を終え、帰宅してもしばらく集中して執筆していたが、腹が減り急に集中力が途切れたので紙の束を重石で抑えると財布だけを持って外出した。すでに辺りは日が落ちていた。


 ステラの町は夜輝く。まるでこの町を覆う天空の星のように。


 天文学者では勿論ないが、星の名前などもずいぶん覚えた。これほど晴れていれば、同僚の天文学者などまた天体観測に勤しんでいるに違いない。

道ゆく人々に会釈しながら、料理屋を目指す。執筆がずいぶんと捗ったので歩調も弾む。


 木の門戸を潜ると釣鐘が鳴った。人当たりのいい店主が微笑んだ。


「おお、噂をしてると来た。リドリー先生、お客さんですよ」


 店主の言葉に首を傾げてカウンターを見ると、明るいオレンジの短髪の少年が座っていた。口の周りを少し汚して必死の形相で骨付き肉のソテーに被りついている。ガラ入れにはすでに剥き出しの骨が三つ。育ち盛りの食欲だ。


 今思うと、これもまた神様の用意していた奇跡の出会いだったのかもしれない。


「セラの弟!」


 対面で同じく素手で骨付き肉に被りつきながら少年にオウム返しした。甘辛く仕上げたこの店の骨付き肉は絶品だ。


「兄を追ってドムドーラからここまで来たんだとよ。でも残念だったな、セラは行っちまった」


 弟は少し沈んだ様子で骨付き肉を黙々と食べた。


 店主が付け添えの野菜スープを二人の前に置いた。弟はコレにもまた齧りついたが、猫舌のリドリーはスープが覚めるのを待つ間に自己紹介をする。精霊学者のスタックリドリーです、と上品に感じよく。こういった挨拶は最初が肝心だ。最初の印象でその後の扱いなどがずいぶん変わる。ちなみにセラは自己紹介の翌日からスタックリドリーをぞんざいに扱った。


 セラの弟は名をトニヤといった。少し偏屈で口数の少ないセラとは対照的、トニヤはとても素直な可愛らしい少年だった。温くなった野菜スープを飲みながらトニヤの話に耳を傾けた。小さな言葉からは兄に会いたい、故郷に連れて帰りたい、といういじらしい願いがひしひしと感じられスタックリドリーは落涙した。少年がたった一人で兄を探して大海を渡り、こんな地にまでやってきたと思うともう駄目だった。彼はまだ十四歳だという。


 トニヤの積もる話を聞き終えた後、お返しに自身の知るセラの生活について話した。この町で占いをやって荒稼ぎをしたり、身の回りの世話をしてくれたこと。そのどれもをトニヤは楽しそうに聞いていた。


 セラが血のつながらない兄であるというのは食事を終えた後に聞いた。でも、関係ない。トニヤの力強くいい放った言葉が心を打った。


 スタックリドリーは迷ったが、兄弟ならば知るべきだろう、とステラの町を襲った事件にも言及した。素養を持たぬ子供にも分かるよう出来るだけ噛み砕いて。トニヤは頷きながら真剣に聞いてくれた。おそろしい精霊を倒したこと。その時にセラの身に起きた神々しい物の正体を突き止めるためにセラは旅だったんだよ、と。


 少し、理解できるようなでも半分理解できないような話をトニヤは割り切れない表情で聞いていた。テーブルの鈍い光沢を見つめ、唇を噛み締めている。共に帰りたいという気持ちはやはり強くあるに違いない。


 トニヤの表情が沈んだので、暗い話を止めて、スタックリドリーはふと思い出したセラの茶目っ気所についても語った。




 セラは雨の日によく玄関扉を開けていた。初めは何のためにやっているのか気付かなくて気付くたびに閉めたのだが、気がつくと開いている。目的が分からず問うと「いいですよ、別に」といって閉める。だが、気付くとまた開いている。様子を窺っていると次第にその意図に気付いた。セラは雨で困った精霊を家で雨宿りさせていたのだ。


 精霊が雨にぬれると正直どうなるかは分からない。濡れそぼつということもまあ無いだろう。だが、大事なのは彼らを慈しむ気持ちだ。彼らを招いた雨の日は自身が食べぬ砂糖菓子を買ってきては机に置いておき、傍で読書する。すると精霊が無警戒にパリポリと食べ始めるのだ。宙に浮かんで消えて行く菓子をスタックリドリーは目を丸くしてこっそり眺めた。


 また、いつだか読書中に本を遠ざけて、突然思いついたように「精霊はいつ寝るんだろう」と呟いたことがあった。無理もない、スタックリドリーと違ってセラには昼夜、精霊の姿がずっと見えているのだ。いつ起きていつ眠るのか。空間に目を馳せてじっくり考え込んだ後「そうか」と納得して読書に戻った。スタックリドリーは訳が分からず、セラに訪ねた。


 精霊はいつ眠るのか、と。するとセラは読書をしながら、こう答えた。「精霊は起きているふりをして実は寝ている」。ますます合点が行かず混乱したが、セラには解決済みのことのようだった。


 トニヤは話を聞いて目を輝かせた。やっぱり兄だ、といわんばかりの懐かしそうな表情だった。もっと聞かせてほしい、もっと。もっと。話を欲しがるトニヤにスタックリドリーは自身の知る限りの話を伝えた。




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