第27話 セレス号出航
ロドリアでのひと月の休息を経て、セレス号は長い航海へと乗り出した。
この近辺では一番の大型漁船、乗組員は総勢十七名。十七名の中には生涯を賭して働いてきた熟練の漁師も含まれていれば、ようやく産毛が取れたばかりの人生のひよっこもいる。漁をしながらその都度寄港して魚を売り捌き、ティエリア海を二年かけて一周する日程で、ひよっこはその期間を経て一人前の漁師へと成長する。
セレス号がこの海域で主に狙っているのはシピという中型魚だ。シピはドムドーラ(南の大陸)では良く食べられる白身の魚で、どんなに調理しても美味く安い。各家庭でも頻繁に食べられる気安い魚だ。
今回の航海で初めてとなる底引き網を巻き上げ、ジャンクは息を吐く。初めての経験をする新米漁師たちはまだまだ使い物にならない。怒鳴りながら巻き上げを教え、これから鮮度がいいうちに皆で魚を外さなくてはならない。これが毎度骨の折れる作業だ。
ジャンクは網外しを取りに倉庫の扉を開けて目を丸くした。
「いたたたたたっ」
「お前、乗せないといったのに潜り込みやがったな」
ジャンクは小さな少年の髪の毛を引っ掴み倉庫から引きずり出すと甲板へと叩きつけた。
「ごめんなさい! ごめん。引っ張らないで!」
トニヤは涙目で頭を押さえた後、髪が抜けていないことを確認した。ジャンクは息巻いている。
「魚の餌にしてやる」
「子供か、いつの間に」
船長のディードが驚いたように呟いた。
トニヤは乗船を断られた後、少しの食料を持って夜中にそっとセレス号に乗り込んだ。大きな倉庫を見つけそこに置いてあった網の下に身を潜め、漁船が航海へと乗りだすのを待った。漁に行かないのなら何日でも待つつもりだった。
ただ、一週間しても出港する気配はなく、何しろ使い古しの網は生臭い。待つのに疲労して眠りこけている所をこの度ジャンクに見つかってしまったのだ。
オレンジの髪を撫でつけながら視線を上げると、トニヤの視界に目が覚めるような鮮やかな青がすうっと飛び込んだ。思考が止まる。途切れることのない青い空と青い海、耳に澄み渡る鳥の鳴き声が心を高鳴らせる。そう、ここは。
ぐるりと周囲を見回してそこが海洋であることを悟った。
嬉しさのあまり、糾弾されているのも忘れて、目を輝かせながら縁から海をのぞきこんだ。吸い込まれるほどに美しい煌めく海水からは心を惹きつける不思議な香りがする。
人生で初めての感動だった。海に出られたのだ。
乗り出して「とっても綺麗だ」と囁いていると背中を強く押され、トニヤは海に落ちた。
「ひどいや、突き落とすなんて」
トニヤは操舵室で不機嫌さを隠しもせず、借りたタオルで頭をすっぽりと包み髪を拭いた。
突き落とした張本人のジャンクが不機嫌そうに足を組んで木の丸椅子に腰かけている。隣に立っていたディードが笑って悪かったねといった。
「さてキミの密航の理由、聞かせてくれないか」
トニヤはぶすっとした顔を緩めると自身の抱える事情を話した。
トニヤの長いようで短い話を聞き終えたディードは確認するように言った。
「となるとキミは家出したお兄さんを呼び戻すためにノーザンピークへと行くのかい」
トニヤはこくりと頷く。
話のほとんどは色々と誤魔化した。話しても上手く話せる気はしないし、精霊がどうとか何か自分で考えていても正直良く分からない。セラを探しに行くのは本当だし、まあ嘘を吐いたわけじゃないから大丈夫だろう。
「ダナンでこいつを降ろす」
「えっ」
ジャンクがトニヤ以上に不機嫌な様子でいった。
「まあまあ」
ディードが笑う。
「キミの希望通りノーザンピークまで運んであげてもいい。その代わり懸命に働くんだよ」
「いいの?」
トニヤの目がぱあっと輝く。同時にジャンクが驚いた様子を見せた。
「彼くらいの年で働いている子もこの船にはいる。心配ないよ」
「ちっ」
ジャンクは舌打ちをして頭を掻いた。
「ボクはこの船『セレス号』の船長ディード、彼は最古参のジャンク。キミは?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます