第22話 少女のネックレス

 夜、マーティスと島の如何わしい店へと繰り出した。

 ムルティカの中央の繁華街の外れにあるいかにもな店だ。マーティスが金の心配はするなというので笑いながらつき従った。


 店は青空市のようで壁も天井もない。裏山には黒い森があって閑散としている。

 亜麻の天蓋の下に、一枚板のテーブルと高さの無いマゼンタのソファがあってそれに座って若い女性の接待を受けた。マーティスの隣に一人、セラの隣に一人。セラの相手をしたのは同年代くらいの魅惑的な女性だった。


 おざなりな話ばかりするのは得意でないが、入店前にそれをマーティスに伝えたら適当でいいんだよと返されてしまったので、そういうものかと楽しんでいる。


 燃える松明が女性を艶めかしく映していた。日焼けた肌も悪くないと他人ごとのように思ってグラスに手を伸ばす。テーブルには珍しい南国のフルーツがこんもりと盛られていて、名前の知らない氷の入った果実酒も美味かった。


 酒が深くなりマーティスが同伴女性とどこかに消えて残されると、セラの同伴女性がセラにより近づいてそっといった。


「あなた精霊と深く関わったのね」


 小さなピンクの唇でいうのでドキリとする。セラの襟を細指で少し開けて文様を認めるとほのかに笑った。


「初め見て分かったわ。ワタシと一緒なんだって。ワタシそういうの生まれつきちょっと分かるの」


 そういって、自身の細くくびれた腹を見せた。


「ワタシは母の腹の中で遺恨を受けた。母はこの島に家族で渡ってくる前に遺恨で死んで、もうじきワタシも死ぬ。日に日に大きくなっていくこの文様を見つめながら恐怖と闘っているの」


 女性の腹にはセラとは比べ物にならないほど大きく禍々しい痣のような文様があった。


「遺恨を取り去る方法を知らないか」


 セラはそういって結露の張った酒を煽った。


「知っていたら今頃こんなことをしていないでしょう。もっと希望を持って生きてる。ワタシに出来ることはないわ」

「そうかもしれないな」


 可哀そうな女性を気遣うことも出来ないのは、自身もまた同じ運命にあるからだろう。彼女のため息のような小さな呼吸に、つい、嫌われたかと勘繰ったがそうではなかった。


「同情しないのね」


 女性は微笑んで首に掛けていた紺碧の石のネックレスを外した。


「ワタシのような人が現れたら渡そうと思っていた。クルタスの神々のお守りよ。毎日、これを握り締めて祈ったけれどワタシにはもう必要ないから」


 そういうと女性は自身の身の上を話した。


 遺恨を持つ体であることを隠して兄の借金の肩に好きでも無い富豪の家に嫁入りすること、本当は愛する人を見つけ幸せに暮らしたかったけれど、どうせもうじき死ぬからと笑って話した。別れ際、女性はセラの手を握り「航海の無事を」と祈ってくれた。




 セラは星の見える甲板でぼうっとどこにあるのかも分からぬ水平線を眺めていた。

 空と海の境界はない。それが今の自身の心内なのかもしれない。


「旅の醍醐味は旅情にある、自身を知りたいという好奇心を満たすためにただひたすらわたしは旅を続けるのだ」


 ハンモックに浅く体をもたせながら、記憶に残っていたサリスの旅情の一文を諳んじた。ほろ酔いで悪い気分ではなかった。


 貰ったネックレスを月明かりに掲げると、とても深い青と少しの黒を含んだ奥深い石で吸いつけられるような魅力があった。魂の奥に沈みこんでいくような力強さがある。


 だがこんなもので人生が変わるとも思わなかった。

 それでも彼女の同情が嬉しかった。優しさを受けることの少なかった人生だからだろう。


 世界を放浪して出会い、関わることで心を揺り動かされること。今感じている物が旅情ではないか、セラはそんな風に思う。


「たぶんまだ受け入れられないんだ」


 自身の運命を突き付けられて戸惑う気持ちと生きたいという気持ちが綯い交ぜになる。

 神に縋るのは意味の無いことだと思ったけれど、祈りたい気持ちは心のどこかにあった。

 遺恨から逃れたい。そう思うと胸の文様が痛む気がして服の上から胸を押さえた。


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