第112話 子供ってすんごい

 ネアさん、ルシアさんとともに森で獣を狩ること数時間。二人に罠の仕掛け方や獣の探し方を教わりながら、ウサギ以外にもイノシシを仕留めることができた。少々力技ではあったが、二人に追い立ててもらいつつ、俺が急所に剣を入れる。そんな雑な作戦で巨大な肉の塊を村に運ぶと、そこら辺の家屋からワラワラと村民たちが姿を現した。


「はいはーい。今日はウサギが三匹に鳥が二羽。おまけでイノシシまで獲れたから大量だよ~。今から肉を捌くから、もうちょっとだけ待っててね」


 皮を剥ぎながら大きな声でルシアが言う。村民たちの目は、貴重な肉に注がれていた。


「わぁ! 今日はイノシシまで獲れたんだ。ルシアお姉ちゃんたちすげぇ!」


 大人たちに混ざって子供たちも獣のそばに寄る。血抜きは済ませてあるとはいえ、動物の死体など普通は見れたものではないはずだが、自分の半分くらいの歳の子供たちは、一様に目を輝かせていた。


 さすがは森に囲まれた村で育った子供たち。こんな光景は見慣れているのだろう。凄惨なものより食欲が勝る。


「ふふふ。お姉ちゃんたちはこの村で唯一の猟師だからねぇ。まあ、今回に限っては助っ人のマリウスさんが凄かったんだけどね」


「マリウスさん?」


 ルシアの言葉に、今度は全員の視線が俺へ向いた。子供だけじゃない。大人までこちらを見てる。ちょっと怖い。


「そう。このものすごい美形のお兄さんが、ささっと剣で仕留めてくれたんだよ。すっごく強いんだよ~」


「おお! すげぇ! 兄ちゃんは剣士なんだな!」


「カッコイイ~! 王子様? 王子様なの!?」


 わいわい、きゃあきゃあ。子供たちが無邪気にルシアの言葉を信じる。俺としては、彼女たちのサポートが優秀だったから仕留めることができたのであって、その全てを自分のおかげとは思っていない。


 ただ、せっかくの厚意を無碍にするのも悪い。あえて訂正せず、俺はしゃがんで子供たちに目線を合わせた。


「剣士だけど王子様ではないかなぁ」


「やっぱ剣士だ! いいなぁ剣士……俺にも剣を教えてくれよ!」


「ずるい! 私だってマリウスさんに教わりたい! 王子様と喋るのが夢だったの!」


「いやだから王子様じゃ……」


「ふふ。さっそく人気者ですねぇ、マリウスさん」


 話を聞いてくれない子供たちに困惑していると、肉を捌きながらルシアが笑う。


 誰のせいだと思ってる!


 俺は非難するような目を彼女へ向けた。というか助けてくれ、と。


「ダメですよ~。僕には村民へ肉を与えるという仕事がありますから。お姉ちゃんも忙しいし、子供たちの相手はマリウスさんに任せますね! これも仕事の内です!」


「どんな仕事だよ……」


 思わず敬語が外れる。だが、俺だけやってることが違うだろ、これ。


「なぁなぁ! 剣教えてくれよ兄ちゃん。俺も剣士になりてぇ」


「私は魔法が使いたい! あと、お姫様にもなりたい!」


「僕は……!」


「私は……!」


 次々と自由にお願い事をする子供たち。俺以外の大人たちはみんな生温かい目でそれを見守る。誰も俺を助けようとはしない。


 必死に脳を回転させながら、彼ら彼女らの相手をしていると、すっかりと陽が落ちて夜になる。肉が村民たちへ配られ、子供たちは大人に回収されるまでずっと元気に自分の願望を俺へ語り続けた……




 ▼




「た、ただいま……」


 紆余曲折あって疲労困憊になりながら自宅へ戻る。扉を開けると、すぐにティルノアが俺を迎えてくれた。


「マリウス様? どうしてそんなに疲れて……」


「わ、悪い。猟は問題なく終わったんだが……その後で子供たちの相手をさせられてな……。子供ってすごい、元気だ」


「子供……?」


 なぜそのようなことを? と首を傾げるティルノアに、「俺もわからん」と言って苦笑する。


 とにかく彼女にベッドまで通してもらい、俺は倒れるようにベッドへ潜った。まだ夕食は食べていないが、二日目にして王都では味わえない苦労を体験した。もうさっさと寝たい。


「あ、ダメですよマリウス様。夕食も食べていないのに寝ちゃ。それに、ちゃんと着替えてから寝てください。ベッドが汚れます」


「…………はい」


 母親みたいなティルノアに逆らえるはずもなく、重い体を引っ張ってなんとか立ち上がる。森での活動で汚れた服を脱ぎながら、部屋の奥から漂ってくる料理の匂いに鼻を鳴らした。すでに俺が帰ることを見越して料理を作っていたらしい。香ばしい匂いを嗅ぐと、不思議とお腹が鳴って食欲が刺激される。


「ティル。今日の夕食はなに?」


 服を着替えてからキッチンへ顔を出すと、エプロン姿のティルノアが視界に映る。見慣れぬ光景を脳裏に焼き付けながら、俺は新婚さん気分を味わいながら彼女に尋ねた。


 たまには、こういう日常も悪くはない。

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