第103話 メイドは欺けない

 馬車の乗り合い所にて、始発を待っていた俺。そんな俺の前に、ここ最近で嫌ってほど顔を合わせた女性が現れる。


「な、なんでティルノアがここに!?」


 彼女はいつものメイド服ではなかった。たまに外へ出る時に着ていた私服を纏い、両手には重そうなトランクケースが握られている。まるでこれからどこか遠くへ行くかのようだ。


 俺のかすかに震えた声に、ティルノアはしかめっ面を浮かべて言った。


「なんでって……マリウス様が勝手にどこかへ行こうとするから、こうして追いかけてきたんですよ! まったく……なにやら不穏な気配がすると思ったら、やっぱりひとりで王都を出るつもりだったんですね!」


 ぷんぷん、と彼女が怒る。


 しかし、その怒りより気になることがあった。俺はあえてストレートに尋ねる。


「どうして、そのことを知ってるんだ……? 誰にも言ってないのに……」


「私を誰だと思っているんですか。マリウス様の様子が最近おかしかったのと、衣服が少しずつですが消えていました。気になって部屋中を調べてみたら……今、あなた様が持っているトランクケースが出てきたました。なにか弁明でも?」


 ば、バレてた————!


 ものの見事に悪事? が露見してた件。それにしたって些細な変化で家出に気付くなど、彼女は意外と有能すぎるのでは? メイドより探偵になったほうがよかったのでは?


 ぐうの音も出ない証拠が手元にあるので、俺は彼女になにひとつ嘘や言い訳ができなかった。「ぐぬぬ」と拳を震わせながら、おそるおそる核心に触れる。


「と、いうことは……このことを他の奴に教えたのか? リリアとか、セシリアなんかに」


「いえ。誰にもお伝えしておりません」


「え?」


 またしても意外すぎる回答が返ってきた。本日二度目の驚愕である。


「い、言ってない、のか? なんで?」


「マリウス様がわざわざひとりで家を出たのは、誰にも知られたくないからだったのでは? メイドである私がそれを踏みにじることなどしません」


「ならなんでお前はいるんだ」


「メイドですから。メイドたる者、主人のそばを離れることはありません」


「さっきと言ってることちがくね?」


「メイドは特例です。メイドにルールは通用しません。特権により、私だけがマリウス様に同行できます。それとも……リリア殿下にこのことを伝え、無理やり城に監禁でもされますか? あの方なら、マリウス様が自分の手元から逃げたと知れば、それくらいはするでしょう」


「なん……だと……!?」


 こ、こいつ! 主人を脅迫してきた!?


 っていうかメイドってなんだっけ。なんかもうよくわかんなくなってきた。簡単にまとめると、彼女は自分だけでも俺についてきたいってことだが……うーん。


 ここで了承したらわざわざ家を出た意味がない。かと言って断れば、無理やりついてこようとするし、撒こうものなら急いでリリアに報告するだろう。そうなれば、道半ばで捕まるのは明白だ。


 苦渋の決断ではあるが、ここは彼女の同行を許可するしかなかった。恨むなら、自分のミスを恨むべきだな……。


「しょうがないな……ティルノアの同行を許可しよう。リリア達にチクられたらこっちが困るし」


「ありがとうございます。マリウス様ならそう言ってくださると信じてましたよ」


「なにをいけしゃあしゃあと……主人を脅したくせに」


「なんの話かサッパリわかりませんねぇ……マリウス様、まだ寝ぼけているのですか? 誰よりもあなたを愛する私が、マリウス様を脅すわけないじゃないですかぁ」


「じゃあ置いてくわ」


「おっと。足が滑って王城へ」


「うそうそ」


 やっぱり脅してるじゃねぇか!


 なんでこんな奴が俺の専属メイドなんだよ……いや、こんな奴だからこそ、俺の専属メイドなのかもしれないな。


 それに、なぜかこんなことをされても彼女を恨む気にはなれなかった。むしろ……彼女がいてどこかホッとするのはなぜだろう? 前の記憶では、もしかするとマリウスにとって大切な人だったのかもしれない。


 ——ハッ!? ま、まさか!? メイドと主人の禁断の愛!?


 ……なぁんてな。くだらね。今どきメイドと主人が恋愛してても別にいいじゃん。……いやよくはねぇわ。ここ現代じゃない。一応異世界だし、問題にはなるのかな? 側室って扱いなら平気だろうけど。


 でも俺まだ結婚してないし、ただ単純に信頼してるだけかな? そうだと思っておこう。きっと俺は童貞だ。泣きそう。


「マリウス様? なにボーっとしてるんですか。そろそろ馬車の始発が出るそうですよ。荷台に乗る準備をしてください」


「ん。やっとか。荷物は増えたが……まあ、それはそれで旅を楽しむとしよう」


「あーっと、口が滑ってマリウス様の情報が~」


「メイドォ!! 冗談だからさっさと荷台に乗れ! 喋んな!」


 冗談の通じないティルノアを無理やり荷台に詰め込み、俺は疲労のこもったため息をつく。




 こうして、俺だけのひとり旅にティルノア・クラベリーという名のメイドが加わった。もう人数は増えないよな? お願いします。両手で神に祈りながら、さっさと自分も荷台に乗る。


 なにはともあれ、旅の始まりだ。


———————————————————————

あとがき。


実は元々のプロットでは、マリウスを追いかけてくる役はリリアでした。あれ?でもティルノアの方が説明楽だな......リリアが駆けつける理由が浮かばん......よし、ティルノアにしよう!って感じでメイドになりました。


ヒロインと言いましたがあくまでサブ!メインのおまけです。でも作者も愛着あります(いつものアレ)。

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