第97話 お話しましょうか
マリウスの部屋を出て、リリアを筆頭にセシリア達が遠く離れた角の部屋へ入る。
鎖で縛られていたフローラまで部屋に入るのを確認すると、リリアはおもむろに口を開いた。
「さて……皆さん、こちらの部屋まで来てもらった意味……今さら説明する必要はありませんよね?」
リリアを除くその場の全員がコクリと頷いた。
「ではマリウス様には悪いですが、話しましょうか。記憶喪失を直す方法を」
そう。リリアがあえて夜にも関わらずセシリア達と未だ別れないのは、まだ話し合うことがあるからだ。マリウスの前ではなんとか平然な態度で接することができたが、揺らいだ心はそう簡単に落ち着かない。彼女たちは一刻も早くマリウスの記憶を取り戻したかった。
「と言っても、これといった具合的な案はないんですよね……失った記憶の戻し方なんて、調べる必要はありませんでしたし」
「ええ。一般的な考えだと、記憶を連想させるような強い衝撃を与えるとか?」
「なるほど。頭を殴ればいいんですね!」
素晴らしい! と言わんばかりにリリアが納得する。セシリアはジト目でリリアを睨んだ。
「物理的に衝撃を与えてどうするのよ……。それで他の記憶も消えたら大変よ? 衝撃っていうのは、あくまで心理的なもの。私たちに関する強い感情なんかを抱かせればいいの。だからその剣は置きなさい」
セシリアに言われて渋々リリアは剣を置く。なぜか残念そうなのは気のせいだとセシリアは思いたかった。いつの間にか幼馴染が暴力を好む野蛮な人間になったなど、考えたくもない。
「心理的な衝撃……記憶を思い出させるようなもの……。ボクの場合は、チョコレート作りかな?」
「チョコレート? なにそれどういうこと?」
アナスタシアとマリウスの件を知らないフローラが首を傾げる。この中で知ってるのは、直接見たリリアと、リリアから話を聞いてるセシリアの二人だけ。唯一、何の接点もないフローラは知らなかった。
「そう言えばフローラさんには言ってませんでしたね。貴族の間で流行ってるチョコレートは、アナスタシアさんとマリウス様が協力して作った商品なんですよ」
「え!? あの美味しいお菓子をマリウスくんとアナスタシアさんが!?」
「ボクはマリウス様に言われた通りに作っただけで、凄いのはマリウス様だけどね」
「そんなことありません。マリウス様が言ってましたよ。アナスタシアさんの知識は豊富で、彼女がいなかったらここまでのチョコはできなかったって」
「マリウス様がそんなことを……」
嬉しそうに頬を赤くするアナスタシア。もじもじと両手をいじりながら俯く。
「それで言うと、私の場合は買い物ですかね。マリウス様がプレゼントを贈ってくれた日のこと、昨日のように思い出せます」
「それを言うなら私もドレスを選んでもらったし……」
「あれは選んだのではなく、似合うと言っただけでは? しかも買ったのはセシリア自身じゃないですか」
「い、いいの! 私にとっては大切な思い出だし……それ以上となると、き、きき……きゅ~」
王都を囲む外壁の上。夕日に照らされた世界でキスを交わした二人。その時の記憶を思い出し、セシリアは羞恥心に耐え切れず倒れた。
顔を真っ赤にする彼女を見れば、キスしたことを知るリリアはなにを思い出してるかなんて一発でわかった。
小さく「私だってしましたし……」と文句を垂れながら、そっぽを向く。
「思い出かぁ……それなら私もたくさんあるよ~。たとえばマリウスくんを好きだと自覚した日。私は彼のベッドに忍び込み……裸で襲い——じゃなくて、寝ようとしたんだよねぇ」
「アウトです」
グサリ。リリアが手にした剣でフローラ——の真横の床を突き刺す。ほんの数センチ横にズレていれば、刺さっていたのは床ではなくフローラの顔だっただろう。きらりと光る剣身を見て、フローラの顔が青くなる。
「り、リリア殿下? さすがに真剣はしゃれになってません……」
「あなたの行動も冗談では許されませんよ? 初めての夜這いの件……じっくり聞かないといけませんね」
「い、いやぁ……いくらなんでも王女殿下にそんな話は……」
「お話、しましょうね」
「……はい」
わざとやってるんじゃないかと思えるほど、フローラはリリアの地雷を踏み抜くのが上手かった。リリアもまた、フローラにだけは遠慮しない。
やれやれと肩を落としたあと、床に突き刺さった剣を抜く。金ならいくらでもあるとはいえ、婚約者の家の床を剣で抜くのはどうかと思うセシリアなのだった。
「フローラさんの件は私も気になるけど、喧嘩もほどほどにね。今はマリウスの記憶を取り戻す方が先決だわ」
「ええ、もちろんわかってますよ。ただ、それでも許せないことはあるんです。ねぇ、フローラさん?」
「ひゃい! 申し訳ございませんでした!!」
流れるような動作で、縛られながらも器用にフローラが土下座する。それを見て、ようやくリリアの溜飲も下がった。
ごほん、と咳払いして口を開く。
「では改めて、他になにか案はありますか?」
「ん。一つだけ」
「どうぞアナスタシアさん」
手をあげるアナスタシアに全員の視線が向いた。
彼女はほんの少しだけ考えるそぶりを見せたあと、淡々とした顔で言った。全員から高い支持をもらうと確信した様子で。
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あとがき。
気付いたら20万文字と2ヶ月が過ぎ......いやぁ、そろそろ春ですねぇ(花粉うぜぇ)。
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