第181話 奴隷、頬が緩む
歩くたびに、ジャラジャラと重い金属音が響く。
それは腰につけた袋から出ているもので、中には大量の金貨が入っている。
ピスタリア王国を出立する際、ライザから手渡されたものだ。
今回の暗殺阻止の件で、アーリンが特別報酬として用意したものらしいが、それにしても桁が一つ多いと思われる金額だった。
「それって、手切れ金じゃないの?」
セレティアの胸元から顔出したアイネスは、いたずらっぽい目を向けてくる。
「それはないでしょ。最後までウォルスを引き止めてたわよ。ウォルスの力を見せつけられれば、誰だって手放したくなくなるってものよ」
「あの女王はかなり計算高いから、表面上はそういう風に繕ってただけに違いないわ。あんなにウォルスに怯えてたのに、本気で引き止めることなんてしないわよ」
「それはどうかしら? 国を治める者として、わたしならそこまで私情を挟まないわね」
「アタシの推測がハズレてるって言いたいわけ? あれを目にしてたら、そんなこと言えないわよ」
火花を散らす二人の間に割って入るのは気が進まないが、ここは事実のみを伝えたほうがいいだろう。
「盛り上がっているところ悪いが、この金貨に関して、俺たちがゴーマラス共和国に行くという話を聞いて増やした節があったぞ」
俺たちがゴーマラス共和国へ向かうと話していた時、確かにライザの顔色がほんの少し変わり、側にいた者に何か合図をしていた。
今思えば、アーリンが最初から用意していた額は少なかったのかもしれない。
ゴーマラス共和国と、この金額に何か関係があるのだろう。
「何それ……アタシたち二人とも、間違った答えを押し付け合ってただけってこと? もっと早く言ってほしかったわ」
「ウォルスを引き留めようとしてたわけじゃないのね……こっちが恥ずかしくなるじゃない」
急に意気投合しだした二人は、俺を悪者にし始める。
仲が悪い姿を見せつけられるよりよっぽどマシなため、甘んじて受け入れよう。
実際、さっさと情報を与えておけばよかったのは事実だ。
「ゴーマラス共和国が見えてきたぞ」
「もう魔法で入っちゃえばいいのに、まだ律儀に正面から入る必要なんてあるのかしら」
セレティアは俺をからかうような目で見つめ、クスリと笑いかけてくる。
「今さらだが、一国の王女の発言じゃないな」
「今は一介の冒険者にすぎないから――――ほら、もうすぐ検問よ」
情報によると、現在のゴーマラス共和国はピスタリア王国より少し大きい程度で、そこまで差はない。
王を追放した時に隣国に攻め込まれ、領土の一部を失ったらしい。
昔から争いが耐えないため国境を城壁で囲み、さらに町を城壁で囲むスタイルとなっている。
その国境を守る城壁に設けられた城門前には人っ子一人おらず、ただ数人の衛兵が欠伸をして暇そうにしていた。
その中の一人がこちらに気づき、面倒そうに近づいてきた。
「その身なりじゃ、二人とも
悪態とも表現できる言葉をぶつけてきたその衛兵は、他の衛兵に手で何やら合図をする。
「出すもんさっさと出せって」
身分証を取り出して手渡すも、衛兵は身分証を確認することなく足元へ投げつけた。
「おい、何をしている」
「そっちこそ何のつもりだぁ? こんなもんいらねえんだよ」
男は再び手を差し出し、無言で何かを要求してきた。
セレティアは身分証を拾い上げ、パンパンと汚れを落としながら大きなため息を吐いた。
「ウォルス、これって……まさかとは思うんだけど、アレよね?」
「そういうことだろうな」
腰に下げた袋から金貨を一枚取り出し、男の手に握らせた。
途端に、衛兵の反応が変わる。
「おお、期待してなかったが、まさか金貨とはな。せいぜい銀貨二枚程度かと思ってたぜ」
治安がよくないという情報は得ていたが、末端まで腐っているとは思わなかった。
ライザがよこした金貨が多かったのは、これを見越してのことだったのか……。
だが、目の前の衛兵は、それでも俺たちを通す気はないらしく、後ろに控える衛兵へ目を向ける。
見えているだけで十人、その他に魔力感知でさらに十人把握できている。
「これだけ貰っといてなんだが、後ろの連中にも同じだけ渡さねえと通れねえから」
衛兵は無茶振りをしている意識があるのだろう。
完全にこちらをナメているのが感じられる。
払えないと踏んでいるのか、最初から通すつもりがないのか、どちらにしてもこちらに喧嘩を売っているのは間違いない。
「…………わかった」
衛兵は俺の返事を聞いても尚、ヘラヘラと笑ってみせる。
しかしそれも、俺が袋から金貨を出し終えるまでのことだった。
全く態度を変えず二十数枚の金貨を取り出し、地面に無造作に投げ捨てる。
すると、さっきまで余裕の態度を見せていた衛兵の顔から血の気がなくなった。
「こんな大金をあっさり払うなんて……まさかとは思うが……あんたたち、上位冒険者なのか」
「だとしたら、何だ?」
衛兵は手に持っていた金貨を見つめ、あろうことか俺の前に差し出してきた。
奥にいた衛兵も恐怖に染まった顔を隠そうともせず、こちらに走ってやってくると、地面に散らばっている金貨をかき集め、俺に差し出してきた。
「悪いが、一度払ったものを受け取る趣味はない。それはここでのルールで払ったものだ。相場がわからず、多めに払ったのはこちらの落ち度だ」
「いや、でも……」
格下だと思っていた相手から巻き上げる思惑が外れ、格上だったために怖ろしくなったというところか。
「そんなことでお前たちをどうこうするつもりはない。それよりも、どうしてこんなことをしているのか、その説明をしてもらおうか」
「――――あ、いや……少し前から、一般人を入れないように通達がきててよ。それで金を巻き上げる方法を思いついて……」
「それで袖の下を要求か。要求するからには、当然払えば通していたんだろうな」
俺の質問に、衛兵は慌てた様子で「そりゃもちろん」とはっきり答える。
「そうか、ならいい。――――で、一般人を入れない理由はなんなんだ? それくらいは答えてもらうぞ」
「詳しいことはわからねえ……ここの任に就いてから、まだ一度も町へ戻ってねえから。ただ、近頃難民を大量に入れていて、それが関係あるのかと……」
難民?
常識的に考えれば、難民を入れることが善か悪かと問われれば、善でしかない。
しかし、これが暗殺対象から外れた理由かと問われれば、違うと言わざるを得ない。
このゴーマラス共和国は、他国よりも奴隷を積極的に使っている。
そんな国が難民を保護するために受け入れるわけがない。
――――奴隷として受け入れたと考えるのが妥当だが、ピスタリア王国も裏の顔を持っていたことを考えると、ヴィルとリヒドの二人が、暗殺の対象を単純に善悪で分けていたとは考えづらい。
そもそも、善悪どちらに肩入れしているのかも不明だ。
「ここを通ってもまだ検問はある。そこで金欠になって引き返してきた奴もいたんで、まだまだ金を要求されると思うぜ……」
衛兵の一人が気まずそうに話してくれる。
「そういうことか、なら金貨を少し崩しておいたほうがいいな。頼めるか?」
「あ、ああ、それくらいなら」
金貨を何枚か手渡すと、衛兵は城門の中にある建物へと入ってゆく。
「急に従順になったな」とセレティアへ顔を向けるも、既にセレティアが俺を凝視していた。
「これがアイネスが言っていた顔なのね」
「……どういうことだ?」
「そりゃ衛兵も従順になるというものよ。自分の顔を鏡で見たほうがいいんじゃない? 眉間にシワを寄せて、相当怖い顔になってるから」
セレティアは「ふふふっ」と楽しそうに笑い、走って戻ってきた衛兵から銀貨を受け取る。
怖い顔を作っている自覚はないんだが、周りからはそんな風に見えているのだろうか?
両手で顔を触ってみるが、普段との違いなんてわかるわけがない。
「ウォルス行くわよ」
「……ああ」
機嫌よく前を歩くセレティア。
ステップを踏むように歩く後ろ姿を眺めていると、こういうのも悪くない。
「どうだセレティア、もう元に戻っただろう」
自分でも頬が緩んでいるのがわかる。
この感覚を覚えていれば大丈夫なはずだ。
「ん~そうね、そう言われれば、普段のウォルスかしら」
咄嗟に胸の前で拳を握ってしまう。
そんな俺を見てか、セレティアの頬を緩んだのがわかった。
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