第180話 奴隷、イジられる

 小一時間ほど、無言の空気が支配していた部屋に「ないわね」というセレティアの声が響く。

 それを合図に、俺とアイネスの手も止まる。

 資料には他国の裏政策について、詳細までは記載されていない。

 だが、それでも奴隷の扱いや、国力からおおよその見当はつく。


「どれも似たようなものだが、ピスタリア王国ほどではないな」


「ここに載ってる情報だと、比較対象として出されているゴーマラス共和国が一番酷いように思うんだけど、そのゴーマラス共和国では暗殺は起きていないのよね」


 セレティアが疑問に思うのも当然のことだろう。

 地理的には、二番か三番目くらいには狙われて当然の位置にあり、ろくでもない国なのは疑いようがない。

 ゴーマラス共和国といえば、七カ国会談でギスター王国と並び、セオリニング王国と対立した国だ。

 傲慢な物言いの元首、ルースータン・ルイセンコの無駄に大きかった腹が目に浮かぶ。

 あの国がスルーされ、ピスタリア王国が狙われる原因があるとすれば、一体何が当てはまるのか……。

 窓から見えるピスタリア王国の町並みは整然としており、制度も文化も他国と比べ特に劣っているところはない。

 資料によれば、ゴーマラス共和国はピスタリア王国よりも治安が悪く、民衆の不満が溜まっているとも書かれている。


「暗殺が実行された国、そうではない国、それらと比べても、ゴーマラス共和国の環境は悪いようだな」


「資料を見比べても共通点は見つけられないし、ゴーマラス共和国に乗り込んで調べたほうが、他との違いがわかるんじゃないかしら。無理やり王国から共和国に変えたみたいだし、怪しいわよ」


 セレティアの中では決定しているらしく、その顔は完全にゴーマラス共和国へ行く気になっている。

 ゴーマラス共和国は王国から名を改めて日が浅く、国王を追放したルースータン率いる有力貴族連中は、つい最近ルースータン自ら、呼称を統領にしたとある。

 

 どうやら今回の暗殺の件で、ピスタリア王国はゴーマラス共和国が怪しいと、一度は調べ上げていたようだ。

 結果は何も見つからず、ゴーマラス共和国は無関係と結論づけて終わっている。


「確かに、暗殺が行われていない国を調べるのなら、ピスタリア王国と全く違うゴーマラス共和国を調べたほうが違いがわかるかもしれない」


 セレティアの意見に納得しているのは俺だけのようで、アイネスは首をかしげながら地図を眺めている。


「どうしたんだ? 何か気になることがあったのか」


「ん~ちょっとね、ヴィル・ノックスとリヒドの二人なら、また接触してくるんでしょうし、だったら、そんな躍起になって動く必要なんてないんじゃないのかなってね。アンタなら本気を出せばどうにかなるでしょ」


「そんな博打は打てない。俺たちの目的は、あくまで記憶の改竄をどうにかすることだ。現状、奴らを力で押さえつけることができたとして、目的を達成できるかは不明。ならば、奴らがやろうとしていることを理解し、逆に利用したほうが交渉材料になるはずだ。それに――――」


 セレティアへ視線を向けると、ちょうど目が合う。 

 俺が言おうとしていることなど、微塵も予想できていない、締りのない表情だ。


「相手は怠惰竜イグナーウスだけじゃなくなった今、複数でこられると、護れるものも護れなくなってしまう」


 アルスとの戦闘で、それは嫌というほど身にしみている。

 いくら一対一で勝てる力があろうと、護るものが多ければ多いほど数的不利が響く。

 セレティアを護れたとしても、奴らがフィーエルたちに手を出さないとも限らない。

 そんな俺の発言を受け、セレティアは顔を真っ赤にして言葉が出てこないようだ。

 足手まといと言っているのも同然で、こうなってしまうのも致し方ない。


「セレティア大丈夫? ウォルスの顔を見る限り、何だか違う意味に捉えてるわよ」


「何のことだ? セレティアがショックを受けるのも理解しているつもりだが」


「は? やっぱりわかってないじゃない。まあ面白いからいいけど」


 アイネスは呆れた表情を一瞬作ったかと思えば、すぐさま背を向け、セレティアの耳元で何かを呟く。


「――――そんなんじゃないから! アイネスのほうこそ、何か勘違いしてるんじゃないの」


 セレティアは鬼気迫る表情でアイネスに突っかかり、こちらをチラチラと見てくる。

 これはあれだ、足手まといと言い切ったに違いない。

 セレティアも腐っても王女、ストレートに足手まといなんて言われれば怒るだろう。


「セレティア、アイネスも悪気があって言ったんじゃないと思うんだ。そんなに責めないでやってくれ」


「……本当にアイネスの言うとおりね」


「どういうことだ?」


 セレティアは呆れているような、ホッとしているような微妙な表情になると、スタスタと扉のほうへ歩いてゆく。


「何でもないわ。ウォルスは今の鈍いままのほうがいいわ」


「……俺が鈍いだと……」


 肩を上下に小刻みに揺らしながら出てゆくセレティアの後を、アイネスがクスクス笑いながらついてゆく。


「アンタは転生しようが、何も変わらないってことよ」


 二人が出ていった部屋で、しばし理由を考えるがさっぱりわからない。

 足手まとい以外の理由を言ったということか……いや、セレティアはそもそも、アイネスを責めるつもりがなかったとか?

 セレティアも成長しているんだし、あんな小さなことで責めたりはしないということか。

 ただじゃれ合ってただけなのを、俺が勘違いしたのだろう。

 次からは、下手に口を出すのは控えたほうがよさそうだ……。

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