第179話 奴隷、資料に目を通す

 テーブルに並べた大量の資料に、窓から差した光が長く伸びる。

 ライザが持ってきた資料は必要な情報が揃っていたが、国別に分かれていただけで時系列がバラバラだったため、こちらで整理する必要があった。


「ざっとこんなものね」とセレティアが腰に手を当て、大仰に言う。


 国別に分けられたものを、さらに時系列に沿った状態で並び直された資料が六つの山となった。


「整理しながら大体のことは読んじゃったわよ。もうアンタたちの意見を出し合えばいいんじゃない?」


 アイネスは人間用のペンを両手で抱えるように持ち、六つの資料の中心に置かれた地図に数字を書き込んでゆく。

 それは暗殺が起きた国の順番だ。

 ピスタリア王国から最も遠い国から、東西に飛びながらも近づいてくる構図だ。


「こうして視覚的に表すと、とてもわかりやすいな」


「そうでしょそうでしょ! アタシが一番理解するのが早かったってことよ!」


 暗殺対象から外れ、スルーされている国は、奴らから見れば”シロ”だったということだろう。

 あの質問に応えたなんてことはないはずだ。

 綺麗に南下しながら、こんなに東西に移動しているのも妙だ。


「暗殺の詳細があるのは、ギスター王国とルエンザ公国だけか」


 ルエンザ公国のオドオドとした少年の大公マウロ・サイレスも、ギスター王国貴族オルヴァート・リンドマンと同じように殺されているとある。

 七カ国会談をした両国以外の四カ国に関しては、どのように殺されたかまでの詳細はないようだ。

 暗殺そのものを隠している国もあるようだが、独自に調査し、殺害されたことは確認していることが書かれている。


「この資料によると、狙われた国だけに共通した文化なんてないようよ」


「セレティアの言うとおり、確かに、他国とこれといった違いはみられないな。信仰心に関しても、違いはないと断言できるレベルだ」


「でも、一番最初の暗殺がこのピスタリア王国から最も遠い北の国から始まっているってことは、暗殺者はこの辺りを拠点にしてるのかしら?」


 セレティアは地図の北側に指を置く。

 そこは、最初に暗殺が起きた国のさらに北、以前ボーグが言っていたヘルサント王国という、周辺国と一切国交がない、俺の知らない国。

 地図を見てそこが中心と言われれば、首を縦に振ってしまうかもしれない位置ではある。

 だが、位置だけで証拠は何もない状態だ。

 現状、ヘルサント王国も暗殺の対象から外れているだけ、としか言えない。

 ヘルサント王国以外にも、北には数え切れないほどの国があり、疑い始めるとキリがない。


「こういう時は、視点を変えるのが大切よ。逆に全ての国で共通してるのは、このアタシを崇めるクロリナ教を信仰していることよ。きっとクロリナ教を消し去りたいんだわ」


 クロリナ教では、精霊はあくまでエディナ神が生みだした最初の精神体ということで崇めているだけなのだが、それは言わないでおこう。

 そんなことよりも、奴らがそんなことを考えている可能性があるかどうか、ということのほうが重要だろう。


「奴らがクロリナ教を消し去りたいのなら、直接クロリアナ国へ赴くほうが効率がいいはずだ」


「……それじゃあアンタが逃した例の二人、怠惰竜イグナーウスの手先ってことでいいかしら」


「手先かはわからない、が関係があるのは間違いないだろう。男は過去に禁忌を犯したヴィル・ノックスでほぼ間違いない。女はよくわからないが、色欲竜と同じ名でリヒドと呼ばれていた」


 確認の意味を込め、アイネスに顔を向けるも、期待できそうにない表情で首を横に振られた。


「アタシは昔いた竜の名前なんて憶えてないのよ。何にしても、竜が人の姿をしてるなんて聞いたこともないわね。まあ、神が作ったとされる竜だし、そういう力があるかもしれないけど」


「否定はしないんだな」


 アイネスは不思議そうな顔で俺を見つめてくる。

 俺がおかしなことを言ったとでも言いたげだ。


「当然でしょ。否定する答えなんて持ち合わせてないんだから」


 アイネスのこういうところは柔軟で助かる。

 あのリヒドも、色欲竜そのものだと考える余地はあるということだ。

 そうなると、その色欲竜と禁忌を犯したヴィル・ノックス、この二人が仲間のように接していた理由は何なのか……。


「小難しい話をしているところ悪いんだけど、この資料にある、ピスタリア王国が昔から裏でやっている政策には目を通した?」


 セレティアはある一枚の資料を地図の上に置く。

 それは、俺がまだ読んでいないものだ。

 軽く首を振ると、セレティアは得意げな表情を作り、手のひらでテーブルを一度叩いた。


「これはピスタリア王国が、優秀な魔法師を輩出する理由の一つ。とてもじゃないけど人道的なものとは呼べないものよ」


 そこには優秀な魔法師の家系を強制的にかけ合わせることから、血が濃くなりすぎた場合は他国から魔法師を引き抜いたり、時には拉致してまで交配させてきたことが記されていた。


「こんなことまで教えてくれるなんて、アンタの脅しが相当効いたみたいね」


 アイネスは顔をニヤつかせ、何も知らないセレティアは興味津々な顔を向けてくる。


「アーリン女王を脅したってこと? それは初耳ね、聞いておく必要があるかも」


「何もない。ただアイネスが勘違いをしているだけだ」


「そりゃもう怖いったらないわよ。ウォルスが鬼のような顔で、裏の情報まで見せろって迫ってたんだから」


「それは見たかったわね。今のわたしたちはユーレシア王国とも関係ないし、多少の問題は目を瞑るわよ」


 茶目っ気たっぷりな笑顔を見せ、セレティアが弄ってくる。

 二人で喜ぶ姿を横目に、大袈裟にため息を吐いてみた。


「ピスタリア王国のこの行動が原因だと仮定した場合、ユーレシア王国がサイ一族を護衛奴隷として使っていることも、ターゲットになる可能性はあるんだぞ」


「そ、それは笑えない冗談ね」


「冗談のつもりはないんだが。理解したなら、他国について似たような政策を取っていないか、もう一度調べるぞ」


 血の気がなくなり、唇を青くした顔をコクコクと振り、すぐさま作業に入るセレティアを、アイネスはクスクスと笑って見ているだけだ。


「アイネスも手伝ってくれよ。期待してるんだからな」


「任せときなさいって! お礼は言わなくてもわかるわよね」


 アイネスは御しやすい。

 笑いを抑え、俺も作業に取り掛かることにした。

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