第47話 数字による浄化作用

「ピタゴラスって?」

 声が震えた。質問をしているんじゃない。

 なにもかもがわからないのだ。

「知らないのか?」

 男は、呂律が怪しかった。こちらの緊張も知らず、呑気なものだった。

「知らないことはない。三平方の定理の……」

「まぁ、そうっちゃあそうだが」

「なんだよ、煮え切らないな」

 男は演技がかった咳払いをし、グラスを床に落とした。割れずに、鈍い音を立てた。

 わざとそうしたようにも見えたし、単に手を滑らせたようにも見えた。

 男から、先ほどまでのにこやかさは失せ、虚ろな目つきに変わっていた。

「これは受け売りだけどさ。ピタゴラスはただ数学を研究したんじゃない。非物質である数学を研究することで、現実から解放される『浄化カタルシス』を求めたんだ。でも、今の俺たちにとっては、数字は便利な道具に過ぎない。ピタゴラスの目的はどうであれ、ヤツの研究が、数字を人間の血肉にしたんだよ」

「……」

「俺たちが今数字に依存できるのは、きっとピタゴラス様のおかげさ」

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