第17話 美しくてどうでもいい女たち
故障は深刻。それまでケガ知らずだった。
焦りが募る。
かつてない絶望感の中、球団が指定した病院に向かうことにした。病院は雑居ビルの中にあった。水色の壁をした奇妙な建物で、空が地面から生えたようだ。
埃臭いエレベーターに乗り込んだ。ボタンは『9』まであり、私は『6』を押した。
優しく動き始めた。
私の肩と違って、言われた通りきちんと動くようだった。
エレベーターは、ゆったりと動いた。ゆりかごそのものだ。
二階にたどり着くと、オフィスの制服を着た女が二人入ってきた。女たちは互いにまったく目をあわさず、階数表示に向かって会話をした。
きっと、何年もそうしているのだろう。
片方の女は酷く内またで、脚がはっきりとした『く』の字をしていた。
もう片方の女は、すっきりした黒ぶちの眼鏡をかけていた。
顔立ちはよく似ていた。ほっそりとした顔も、優等生的薄化粧も、一つの房にして右肩から垂らした髪型も、デパートの一階のにおいも。等しく美しく、個性がない。
何より表情に乏しい。
「あ、これ昇りじゃん」と、内またの女。
「いいじゃない。たまには昇っても」と、眼鏡の女。
「そうね。ところで」と、内またの女。
「なーに?」と、眼鏡の女。
「フライドチキンは、骨のそばがおいしいのよね」と、内またの女。
「わかる」と、眼鏡の女。
「あたしなんか、骨のそばの肉をへつるために、つまようじを使うのよ」と、内またの女。
「わかる」と、眼鏡の女。
「食べ終わったらフライドチキンのお墓を作るのよ」と、内またの女。
「わかる」と、眼鏡の女。
「尊き命だもの」と、内またの女。
「すごくわかる」と、眼鏡の女。
「今の話、今度はあたしからしてもいい?」と、再び眼鏡の女。
「いいわよ」と、内またの女。
本当に『A』『B』が入れ替わっただけの会話が繰り広げられた。
「フライドチキンは、骨のそばがおいしいのよね」と、眼鏡の女。
「わかる」と、内またの女。
「あたしなんか、骨のそばの肉をへつるために、つまようじを使うのよ」と、眼鏡の女。
「わかる」と、内またの女。
「それで、食べ終わったらフライドチキンのお墓を作るのよ」と、眼鏡の女。
「わかる」と、内またの女。
「尊き命だもの」と、眼鏡の女。
「すごくわかる」と、内またの女。
「すごくよくわかる」と、二人で顔を見合わせた。
エレベーターが閉まった。また開いた。階数は一つしか進んでいなかった。これなら、階段で登った方がマシだった。
早く治療に向かいたいんだ、と私は胸中で叫んだ。
「あたしたちね、双子なのよ」と内またの女。
私に話しかけているようには思えなかった。(じゃあ、誰に?)
「似ていると言われれば似ているし、似ていないと言われたら似ていない双子なのよ」と眼鏡の女。
「さっきみたいに、気にいったやりとりは役割変えてもっかいやるのよ」と、内またの女。
「わかる」と、眼鏡の女。
そんなことどうでもいい。静かにしてくれ。
喉まで出かかったが、理性でそれを胃に流し込む。気持ちが焦れ、鼓動を早めた心臓と同じリズムで肩が痛んだ。
今世界で一番焦っているのは、私だ。そんな錯覚に陥る。
またもや二人、女が入ってきた。ここにいる女と同じ、個性のない美しい女たちだ。
すし詰め状態のエレベーターは、文句一つ言わず上昇した。
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