第12話/そこにあるものから作られたあるもの

……だそうだ。(呆れてものも言えない)

彼女は「なんか『フィネガンズ・ウェイク』みたいでしょ?」と得意気に鼻を鳴らした。

「詩ってのは、何か『みたい』じゃダメなんじゃないか?」

「無理よ。世界に、真のオリジナルなんてないもの。あんただって、いきなり三角定規でホームラン打つヤツいたってとても感心しないでしょ? それと同じよ。でたらめやっているようで、ルールがあるの。あたしたちは『0』から何かを作るんじゃなくて、『そこにあるもの』をコラージュするのよ」

「……」

「『そこにあるもの』からね、新しい『そこにあるものから作られたあるもの』を作りだして……さらに『そこにあるものから作られたあるもの』を使って……」

 彼女の言うことは、日に日にわからなくなっていく。

 私は蓋を閉じた。(何の?)


妻に勧められ、ジェイムズ・ジョイスという作家の書いた『フィネガンズ・ウェイク』を読まされた。3ページ読んで断念した。難解だとは思わなかった。

理解という領域にすらたどり着けなかっただけで。彼女が、これを理解できるのが不思議だ。

妻は、昔は本当に可愛かった。私たちは共通の友人の紹介で出会った。大学に通っていて(私はもうプロ野球選手になっていて)ジャーナリズムを専攻しているのだと、嬉々として語っていた。 

その頃が懐かしい。

垢抜けない縁なしの眼鏡をかけ、不器用に笑い、夢だけを追っていた彼女が……。


 いけない。また脱線してしまった。

 これから私が話すことは、『なぜ私が引退セレモニーで失態を犯したか』の過程である。

まずは、自らについてもう少し話さなくてはいけない。

私がどんな選手だったか。

そこから少しずつ、引退セレモニーの話へと近づいていけたらいいのだけれど。

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