06 それは硝子細工のような

「なんで黙っていなくなったんだよお! あたしすっごい心配したんだぞお!」


 とりが、みやもとなえのほっぺを両方とも掴んで思い切り引っ張っている。

 人工皮膚が柔らかいのか、込める力が怪力なのか、早苗のほっぺたはお餅のようにむにーんと長く伸び切っており、それを美夜子は容赦なくぐりんぐりん回している。


「いふぇふぇ、ばげをばだすがらやめふぇえ!」


 いてて、わけを話すからやめてえ?

 そんなことは知るかあ! と、構わずさらに引っ張り伸して、むにむにぐるぐる地獄の責め苦を与え続ける美夜子であるが、永遠に続けても仕方ない。一分ほど続けて、お情けで開放してやった。


「お、おま、ほ、ほっぺが伸びたまま戻らなくなったら、どないしてくれるんや! うちはこぶとり爺さんか」


 早苗、自分の頬に両手を当ててすりすりマッサージ。

 すっかり涙目である。


「たで食う虫で、マニアとか特殊な層の需要はあるからきっと大丈夫」

「なんやと!」

「いいから早く理由を話せえ! またほっぺた引っ張るぞお!」


 美夜子は脅かすように、持ち上げた両手を早苗の顔へと近付けていく。


「やめろやボケがあ! ……お前がもぎ取って持ち帰ったあいつの腕から、魔道波がまだ出とってん、その後を追ったらここへ辿り着いたんや」

「ええっ、魔道波なんか出てた?」

「壊れかけなんか微弱やったけど、かろうじて本体とリンクしてたで」


 魔道波とは、魔力を帯びた信号のことだ。

 あの仮面で素顔を隠した白銀の女性型機体と先ほど戦ったわけだが、その時には既にもがれた腕は交換修理されていた。

 だが、もがれた古い方もまだ本体へ通信を取ろうと信号が発信されており、早苗はそれを追い辿ったというのである。


「微弱で消え掛かっとったから、話す間もなかったんや。正体を突き止めるだけ突き止めて、危険なことはよしとこ思うたんやけどな」

「思うたんやけど?」


 美夜子は問う。関西弁で。


「ああ、魔道波の通信相手である本体、つまりさっきのあの忌々しい白いのに見付かってもうてな。変身したんやけど、一人じゃよう戦われへんのも分かっとるから、屈辱やけど色々とセンサー切ったり張ったり索敵されへんようにして逃げとったんや。生命あってのものだねや。無茶してもしょうもないしな」

「いやいや、あんなのを一人で追跡すること自体が無茶ですからあ!」

「あんなのっちゅうか、うちはただ魔道波を追っただけや」

「一言あってもよかったのに。……でも、よくそんな微弱な魔道波を追えたね、早苗ちゃん」

「うちの機体からだは、魔力探査は得意やからな」


 エッヘン胸を張る早苗。

 なお、その胸というか格好であるが、もう二人とも変身を解除しており高校の女子制服姿に戻っている。

 変身したメカメカしい姿こそが本来の彼女たちなので、変身解除は便宜上の表現だが、ともかくレベルスリーのままだと燃費が悪いためだ。


「へーえ。あたし全然感じなかったよ」


 美夜子が関心していると、ちょっと影の薄くなっているのりまき青年が言葉を割り込ませる。


「そりゃそうだよ。研究室の機器でも、魔道波なんか感知出来なかったんだから。いや、本当に凄いねこうみようじん博士は、ただパクるだけじゃな……」

「黙れやノリマキノリスケエエエエ! パクリやあらへんちゅうとるやろ! こんな小取美夜子なんぞより、腕力以外はうちのが全部ぜーんぶ優れとるんや! うちは文明的なめかまじょなんや! 文明文化ザンギリなんや!」


 パクリいわれて早苗が激怒した。最後の方、意味が分からないが。


「そうだね、でも本当に無事でよかったよ」


 なんぞ呼ばわりされても美夜子は怒らず、また早苗へと抱き着いていた。

 既に変身解除しているため、今度はお互い金属ガチャガチャ当たらずに、制服の布地を通して人工皮膚によるふんわりやわらかな感触を交換し合った。


「お、お、おう」


 いきなり抱き付かれて面食らった早苗は、いきなり過ぎてなにいってよいか分からないみたいで、呻くようなくぐもった声を出した。


「もう無茶しちゃダメだよ! 早苗ちゃんにもしものことがあったら、あたし泣いちゃうからね」 

「ごめん……」


 早苗が謝ると、美夜子がぷっと吹いた。


「素直じゃん」


 美夜子はお腹を押さえて苦しそうにしながらも、くくくと小さな笑い声を立てている。


「あ、えっ……」


 しおらしい態度を誘導されていたことに気が付いたのか、早苗の顔がかーっと血が上って真っ赤になっていた。


「小取、からかうなボケが!」


 抱き合う状態から離れて美夜子は、あはははお腹押さえたまま指を差し笑っている。

 妙にハイテンションである。


 そんな美夜子の弾けっぷりを、なんとも不安そうに典牧青年は見つめている。

 まるで、薄く脆いガラス細工を見ているかのような。

 そんな、彼の表情であった。

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