05 月は地球に裏側を見せる?
「あいてててもっと優しくやってんか、おっちゃん! ててっ! うら若き乙女の肌を乱暴にすんな!」
パカリ開けられた肌色の腕の、内部の精密電子部品を
「痛みそれは生きている証。生きている証それは愛ゆえにあいうえお」
黄明神博士ぜんぜん聞いてない。
ここは
めかまじょに似た者から襲撃を受け戦ったのだが、その時の損傷を。
なお早苗と黄明神博士は部外者なおかつ同業他社であり、本来ならばこの研究所へは入れない身分なのだが、理由があって最近はパスフリーだ。
財団の考えもあって警察からの出動要請を積極的に受けてきた志木島機械工学研究所であるが、最近は早苗にも仕事を手伝って貰っており、すっかり美夜子の相棒的な立ち位置になっているためだ。
であれば双方の利便性を考えて、メンテナンスの場として二人にこの施設を提供しているのだ。
「いててて、おっちゃんっ! なんやの、さっきからもう!」
乱暴にされて、また早苗は悲鳴を上げる。
博士としては、ボロボロになった姪の
「なっさけないなあ早苗ちゃんは」
小取美夜子が、技術スタッフである
「なあにが情けないや! そもそも小取美夜子、おのれがあんな白いのにてんで歯が立たなかったからやろ!」
「それいうなら早苗ちゃんだって同じじゃないか! でも早苗ちゃんは……あたしのこと助けようとしてくれたんだよね。ありがとうね」
美夜子が礼をいうのは、一蹴り受けてまともに動けなくなってしまった早苗がギクシャク
結局、相手は姿を消してしまい、その必要はなくなってしまったのだけど。
「お、おう」
口喧嘩になるどころか意表を突いて感謝の言葉など述べられてしまって、早苗は恥ずかしそうに自由な方の腕で鼻の頭を掻いた。
「なんだったんだろうね」
と、美夜子のいうのは、めかまじょに似た白銀の人型のことである。
誰が送り込んだものなのか。
それとも自分の意思であんなところへ現れて暴れたのか。
でも、いずれにせよなんのため?
「せやな。いきなり現れて襲ってきたと思ったらいてててて! おっちゃん、乱暴につっつくのやめてえ!」
またまた痛そうに悲鳴を上げる早苗の態度に、白木優子が美夜子の腕をカチャカチャしながら苦笑する。
「早苗ちゃんとミヤちゃん、二人とも痛覚設定やセンサーの極点数は同じだと思うんだけどなあ」
であれば黄明神博士が少々乱暴に扱ってもそれでそこまで痛みに差が出るはずもなく、であればさっきミヤちゃんがいっていた通りなっさけない関西人だなあ、と、そんな意味での苦笑であろうか。
「……よっし、ミヤちゃん、固まるまで三分間そのままね」
まだ肌がパカリ開いており内部の電子部品が見えたままの美夜子の腕を、白木優子はくぼみのある台へと乗せた。
「はーい。三分間といえば、早苗ちゃんの大好きな謎肉入りのカレーカップ麺が出来る時間だっ」
「それ今ゆう必要ないんちゃうかあ?」
「ははっ」
などとやってる金属製女子高生たちの傍らで、ちょっと時間の出来た白木優子がポケットから電子デバイスを出してなにやらピッピ操作をしてる。
「白木さん急にどうしたの?」
「やあそんな見ないでくださいよ。個人デバイスなんですから」
「ごめん」
なら持ち込まないでよ、ともいえない典牧くんである。
まあ自分も休憩室にホログラムのゲーム機を持ち込んでいるし。
「さっきから作業の合間にちょこちょこ調べてたんですけど、あの白いめかまじょみたいな……」
「あんなん、めかまじょちゃうわああ! ぐおっ!」
早苗は、怒りに叫び両腕を振り上げようとしたのだが、腕の中をまだ黄明神博士がバチバチやってる途中だったものだから、変なとこ通電してしまい激痛が走ったのである。
「死ぬかと思ったあ! と、とにかく、あんなんめかまじょやないで! めかまじょっちゅうのはなあ、優雅なんや! まあ、小取みたく出来損ないもおるけどな」
「どこが出来損ないだあっ! いだあっ!」
怒鳴って両腕を振り上げる美夜子。二つ目の「いだあっ!」はエコー演出ではなく、三分待たず腕を動かしてしまい激痛が走ってその悲鳴である。
「出来損ないやろ。お前は腕力がクソ強いだけで、知的作業と美貌は全部うちの担当やないか」
「美貌じゃなくて貧乏の間違いじゃないですかあ?」
「なんやなんや、ちょっと前までカラオケでハウリング起こしとったポンコツがエラそうに。って小取の話なんかどうでもええんや! それより聞き捨てならへんのは優子さんの、白いめかまじょの話や。いやいやもといもとい、あんなのめかまじょなんかやないでって話や!」
ドガガまくしたてる早苗の剣幕に、白木優子は眼鏡のフレーム摘んでちょっと楽しげに苦笑する。
「ああ、なんだか無駄に話を引っ張ることになっちゃってごめんね早苗ちゃん。そっちも大事だけどそのことじゃなくて、っていおうとしたんだよわたしは。貴金属強盗団の方の話をしたかったんだ」
「ほなら無駄な前置きすんなやああああ! おかげで腕の痛みにショック死するとこやったやろ! ったく、どうもここの連中とは話のテンポが合わんわあ」
「ごめんねえ」
白木優子はえへへと笑ってごまかした。
「それで優子さん、強盗の方というと?」
典牧青年が尋ねる。
「うーん。なんかねえ、経歴、バックグラウンドが色々と不自然なんですよねえ。現場での動きなんかも。貴金属を奪いたいというより、誰かに頼まれてただ暴れていただけみたいな」
いいながら、白木優子はちょんと可愛らしく小首を傾げた。
「いや、追われて逃げ場がなくて、開き直って暴れてただけやったで」
「まあ、実際に相手をした早苗ちゃんがいうなら、そうなんだろうけど」
もうここのスタッフの間でも宮本早苗は早苗ちゃん。「下の名前で呼ぶなやボケカスがあ!」から随分と丸くなったものである。
「せやろ、小取。……ん、どないした?」
早苗は美夜子に同意を求めようとして、美夜子の様子がちょっとおかしいことに気が付いた。
おかしいというか、なにかを気にしているというか。
「うん、なんかさっきからね、右腕がずきずきうずく気がして」
「気のせいやろ……といいたいとこやけど、なんやろな、実はうちもなんや」
「それは気のせいじゃないと思うよ」
というのは典牧青年である。
「月面から地球が受けている魔力係数がぐんぐん上がっているんだ。それに魔道ジェネレーターが影響を受けているんじゃないかな」
「月からの……」
ぽかんとした顔で早苗がぼそり。
「魔力、係数が?」
続いて美夜子がやっぱり不思議そうにぼそり。
「そうよ」
と返事をしたのは、典牧青年ではなく女性の声だった。優子さんとは別の、もっと低く冷たい感じの。
「月は五百年に一度、裏側をこちらへ見せる。長い間蓄積されていた魔力が月光に混じって地球へと照射されるのよ」
いつの間に来ていたのか、ブロンド髪のロシア人女性イリーナであった。
「いやいやいやいやいやいやいやいや、そんなわけあるかいな。一つ理科の基本知識を教えたるわ。月はな、常に同じ面を地球に向けとるんや。小学生でも知っとることやで」
「ええっ、そ、そうなの? 早苗ちゃん」
美夜子は頭脳尊厳もろもろ否定されたと思ったかオロオロ、なんかもう目に涙が滲んでる。
「おのれは小学生以下か!」
「高校生ですう! そうかあ……月はいつも同じ顔しかこちらに見せていないのかあ」
「普段はね」
と、イリーナがまた話し出す。
「だからこそ使われない魔力が溜まり、崩壊しないよう月は自己防衛で魔力ぶれを起こして強引に裏の顔を地球へと向ける。すると長年蓄積された魔力粒子の大解放が起こるのよ」
荒唐無稽にもとも取れる話であるが、語る彼女の表情は真面目である。まあふざけた顔など、そもそも一度も見せたことはないが。
「脳からアホの粒子が大解放やでえ。金出すだけといえ、まがりなりにも科学の側にいる人間が、そんな誰でも分かるデタラメゆったらあかんで。担いでうちらを笑おうとしとるんちゃう? こらどっかに
早苗は、わざとらしくきょろきょろ室内を見回した。
だが、果たして誰が知ろう。
典牧青年やイリーナの語る月面の魔力、その運命の中に彼女たちが巻き込まれていくこと、いや、とうに渦中にいたことを。
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