02 せんとう

 ここは銭湯である。

 とりがよく通う、「あまの湯」だ。

 レジャー施設的なところではなく、ただ汗や汚れを落とすだけの、現在日本においてほとんど存在しない化石的な銭湯だ。


 何故に銭湯通いなどしているかというと、早い話が風呂なしアパート住まいだからである。

 美夜子は機械の身体であり、汗や皮脂などの分泌はないし、研究所での日々メンテで汚れも落としてもらっている。であるため、事故による回線ショートのリスクを負ってまで風呂に入る必要性は、本来はないのだが、心の休息を求めてついつい通ってしまうのである。


 特に今日などは転入生乱闘騒ぎがあって、気疲れどころか身体もかなり埃で汚れてしまったことだし。


 というわけで今日も美夜子は脱衣所で老婆たちに囲まれながら衣服を脱いでいるわけだが、下着姿になったまではいいが、困った顔のままそれ以上を脱げずにいた。

 冷たくも熱い強烈な視線を全身のセンサーが感じており、脱ぎにくいのだ。

 番台のところから、例の乱闘騒ぎの張本人であるみやもとなえがタレ目の半顔を覗かせて、じいーーーーーーっとこちらを睨んでいる。バチバチ火花を飛ばしている。いくら同性とはいえ、これでは脱ぎにくいのも当然だろう。


 この銭湯だけではない。

 先ほどのことだが、下校でいったん帰宅したアパートでもだ。どう調べ上げたのか、はたまた尾行したのか、早苗は階下の庭からずっと仁王立ちで、美夜子の部屋を見上げて睨んでいたのだ。

 部屋が二階だったからまだ助かったが、一階だったならば間違いなく窓から中を覗かれていただろう。


 そして今度はこの銭湯でも、というわけだが、じっと見られているのがなんかヤダという理由で、いつまでも半裸でこうしているわけにはいかない。機械の身体であり風邪を引く心配はないだろうが、早く帰って学校の宿題をやらなければならないのだ。

 機械なのは肉体だけで、脳味噌は生身のままなので致し方ないところ。頭の作りは残念ながら凡人なので、是非もない。嗚呼こんな脳味噌に生んだ両親恨みます。


「よしっ」


 入るぞ!

 脱ぐぞっ!

 あっちの方は見ない。意識しない。宮本早苗なんて知らん。誰だそれ、そんなタレ目の関西人、聞いたこともないっ。


 ぱぱぱぱっ、美夜子は素早く上も下も下着を脱いで真っ裸のすっぽんぽんになると、タオルで前を隠して早足そそくさガラス戸を開いて浴室へGO!


「お客さん、銭湯代銭湯代!」


 という大きなダミ声に、美夜子はびくりと肩をすくませた。

 番台の、おばあちゃんの声だ。

 美夜子はちゃんと払っている。関係ない。

 誰のことかは、まあ想像付く。

 きっとこの後、関西弁による非常識な発言が聞こえてくるのだ。間違いない。


「うちは客やないで! 風呂なんか入らへんのやから、払う必要ないやろ! 襟を引っ張んなあ! 中に入れさせんかい! おう、小取! 小取美夜子、逃げんなああ!」


 やっぱり。


 背中に聞く会話だけで、なにが起きているのかもう充分過ぎるほどに内容の分かるやりとりである。


 浴場へと入った美夜子は、帰りの憂鬱にため息を吐きながらガラス戸を閉めた。

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