10 戦いの果てには……

「追い詰められとるんは自分の方やで!」


 みやもとなえはバカにされたと思ったか、怒りの形相で叫び、へと地を踏み込み目にも止まらぬ速度で拳を突き出した。


 ニヤリ笑う青いめかまじょ宮本早苗であるが、すぐその顔が驚きに変わり、そして舌打ちする。


 これまでにない勢いで打ち放った拳であるというのに、楽々といった感じに美夜子の手のひらに受け止められていたのである。


「はん。澄ました顔して、苦し紛れのマグレを実力と見せる能力にだけは長けとるようやな」


 そういいながら青いめかまじょは、とんと後ろへ跳んで距離を取る。


 怒るか嘲笑するか、表情決めかねているかのような宮本早苗であるが、そのどっちつかずのまま顔色がかげっていた。

 目の前に立つ赤いめかまじょの、浮かべる表情の変化に気が付いたから?


「そろそろこっちも、攻撃を試してみていいかな?」


 自信ありでも、なしでもなく、ただ淡々と尋ねながら、美夜子は腰を低く落として片足を半歩踏み出して、両の拳を構えた。


 宮本早苗には大言壮語に思えたのだろう。

 これまでずっと防戦一方だった相手の大言壮語に、彼女はようやく取る表情を決めたようである。つまりは、ニッと強気な笑みを浮かべたのである。タレ目がちょっとなんであるが。


「ええで。蚊に刺されたほどの威力もあれば、少しは褒め……」


 ぼごおん!

 と凄まじい音が言葉を遮って、遮られたどころか宮本早苗の機体からだは風を切って後方へと吹き飛んでいた。

 赤いめかまじょが疾風のごとき速度で近寄り右の拳を突き出した、その一撃を顔面に受けたのだ。


 焦りか怒りか驚きかはたまたショートしたか、なにに硬直したのか宮本早苗、全身をピーンと真っ直ぐにしたまま胴を軸に足先と頭頂とで車輪のように転がって、ガツンガツンガツンガツン、頭で地面をえぐり削りながら転がっている。なんだか笑える光景だ。


「精霊マジック、レベルフォー!」


 美夜子の叫び声とともに、ガシャと音。微妙に隙間が空いて中が見えていた右腕の、さらに隙間が大きく開いた。変身する時と同じように、また右腕がごんごんごんと低く唸る。

 たん、と美夜子は地を蹴った。と見えた瞬間には、まだ全身ピーンで転がり続けている宮本早苗を追い越して、振り向いて待ち構えており、そのまま右脚一閃。


 青いめかまじょは、なにがなんだかの混乱と痛みの中なにやら呪詛の言葉をわめきながら青空へと舞い上がっていた。


 美夜子は、軽く膝を曲げると、地を蹴った。

 地を蹴り、空中へ。

 宮本早苗を追い越して、より高いところに達すると、待ち構えながら両手を組んで振り上げる。

 二人の相対速度がゼロになったタイミングで、無防備な青い背中へと振り下ろしてハンマーのように叩き付けた。


 かわ高校の校庭に、轟音、地響き、土煙が噴き上がった。

 宮本早苗という青い隕石いや隕鉄が、凝縮された大気圏を瞬間的に突き抜けて地に激突したのだ。


 まだ上空にいる美夜子は、これから自由落下というところで、腰のホルダーからカセットを一本抜き取って左腕のソケットに差し込んだ。

 すると空気中から幾多と湧き出る赤い炎が集約凝縮し、頭上で巨大な火の玉になった。

 美夜子が、振り上げた両手を振り下ろすと、巨大火の玉もシンクロし、ぶわんと持ち上がりかけた瞬間に地へと急降下だ。


 再び、宇和氷川高校の校庭に爆音と地響き。

 先ほどよりも遥か遥かに大きな爆発に、地面がえぐられ吹き飛ばされて土を巻き上げ、巨大な炎の柱が立ち上った。


 空中の美夜子は、自らが起こした爆発の反動でふわり浮き上がるが、すぐまた落下を始め、ふわりゆっくり地面に着地した。


 さながら大砂嵐といった視界が晴れると、美夜子の目の前には大きな蟻地獄が出来ており、すり鉢の底には宮本早苗が焦げ焦げのボロッカス状態で半分埋もれて横たわっている。

 果たして生きているのか、死んでいるのか。

 かなりの確率で後者としか思えないような、凄惨な光景であった。


「あ、あの、ご、ごめん、宮本さん、やり過ぎちゃった。ほんと、ごめんね。あたしも、まさか自分にここまでの破壊力があるなんて知らなかったから。……生きてる?」


 美夜子は両膝に手をつきながら、弱ったような困ったような笑顔で、すり鉢の底を覗き込んだ。


 その声が地獄の淵から意識を生還させたか、宮本早苗の目がガッと勢いよく開かれた。


「生きとるわ!」


 バカにすんなあああああ、と叫びながら両手で土を掻いて掻いて掻いて、最後は何故かクロールとバタ足で蟻地獄から這い出した彼女は、土まみれ煤まみれの状態で美夜子の前に立った。

 怒り満面ながら、情けなく肩をぜいはあ大きく上下させて、ギロリ赤いめかまじょを睨み付ける。さらには、ぐぐっと顔を近付ける。


「きょ、今日は単なる宣戦布告や! 単なる偵察や! 実力の、五兆分の一も出しとらんからな! ほんまやで。次に戦う時は、お前は一瞬でボロ雑巾や! スクラップや! 泣きっツラが楽しみやで。覚悟しときや! ほなっ」


 青いめかまじょ宮本早苗は、関西弁で怒涛の如くまくし立てるだけまくし立てると踵を返し、脱兎の勢いで逃げ出したのである。


「わしを置いてくなっ、早苗っ!」


 チャカチャカチャカチャカ

 こうみようじん博士が、器用にもバンジョーを掻き鳴らしながら後を追う。


「そんなBGМいらんで、おっちゃん!」

「♪ 敗北のお、鉄の血を味わい泥を食らいCRY ♪」

「歌うなあああ!」


 土煙を上げながら小さくなっていく二人、青いめかまじょとそれ作った博士。


「おーい宮本、授業はどうするんだーっ」


 ギャラリーの一人、担任のがわ先生が、気怠げな顔ながらとりあえず大声で呼びかけてみるのだが、もう二人の姿は視界から消えていた。


 こうして、嵐のように現れた転校生は嵐のように去って行った。

 宇和氷川高校の校庭には、隕石が落下したかのような大きな大きなすり鉢の穴があるばかりだった。

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