08 ノリマキ青年登場

「めかまじょ、変身だああああ! さあ世界の平和を守るんだああ!」


 さいきようテレビの名物レポーターもとはらえつは、絶叫しながらぶんと力強く拳を突き出した。

 ヒーローショーのお姉さんも引くくらいの、どえらい迫力で。


「はあ、最近の事件レポーターは、そういう演技も求められるものなのかねえ」


 ボサボサ髪にバンダナ頭、カメラマンすぎうらてつぺいがため息混じりにぼそり。


 さて、とりだと呼ばれていた制服姿の女子高生であるが、「変身だあ!」と叫んで勇ましく仁王立ちで右腕を高くかかげたまま……硬直していた。


 やがて硬直も解けて、そおーっと左手が動いて、自分の胸やお腹をぽんぽん叩く。さらには制服スカートのポケットに手を入れて、ごそごそ、もぞもぞ。


「あ、あれえ、キーがないぞ……忘れてきたかも、っと、うわ!」


 悲鳴を上げながらごろり横に転がると、一瞬前まで自身の立っていた地面が熱線銃ブラスターで溶け二十センチほどのクレーターが生じていた。


「ほあああああ、危なかったあ!」


 素早く立ち上がりながら栗色髪の少女、小取美夜子は胸を撫でおろし腕の袖で額の汗を拭いた。生身に見える左腕の方で。


「危なかったじゃないでしょお! なんで変身しないの! せっかくの人の演出を台無しにしないでよ!」


 素が出たかわざとか、元原悦子が怒鳴り声を張り上げ猛抗議だ。


「それどこじゃないんだよ!」


 小取美夜子はぼそり小声で文句をいいながら、右に左にと熱線銃ブラスターの攻撃から逃げている。


 正面上空、弟分のゼログラから放たれる銃撃が妙に執拗なものになっていた。のらりくらり小柄な少女にかわされ続けて、またイライラ指数が上昇しているのだろう。


 それでもなお楽々とかわし続ける小取美夜子であったが、正面に気を取られ過ぎていた。

 背後から、ぶうんと唸るアームの横殴りを受けていた。

 ガチッ、まるで重機同士が衝突したかのような硬く重たい音とともに、彼女の身体は飛ばされて、地へと激しく叩き付けられていた。

 そこでもまたガツッと妙に硬く重たい音がして、彼女の身体はごろごろ転がった。


「なんか……かなりやっばい状況に立たされたかも」


 少女、小取美夜子は苦笑しながら立ち上がり、特徴的な栗色髪の頭を掻いた。


 と、ここで唐突あらたな人物の登場である。


「ミヤちゃん!」


 背後からの声に小取美夜子がちらり振り向けば、白衣姿の、異様に貧弱そうな、牛乳瓶底メガネの男性が、警察機動隊員が作る包囲の輪のところで大きく手を振っている。

 激しく振ってるものの異様に細い腕のせいか、ぶんぶんではなくすんすんにしか見えないが。


「ノリマキくん!」


 すんすんだろうと援軍だ。小取美夜子の顔は、期待にちょっと明るくなった。


「キー持ってきたよ! そおら、受け取れえええ!」


 ノリマキと呼ばれた白衣姿の貧弱そうな牛乳瓶底メガネの青年は、大きく振りかぶると自動車の鍵に似た小さな金属物を遠心力で投げた。

 が、やっぱりではなく、あまりの非力に一般的重量の鍵が僅か数メートルしか飛ばず、地面にぽとりカチャリン。


「はああああ?」


 栗色髪の少女は、脱力のあまり自分自身の重たそうな機械の右腕に引っ張られて倒れそうになった。

 ぐっと踏ん張り堪えると、小さくため息。


「仕方ないなあ」


 気を取り直し持ち直すと、白衣の青年ノリマキくんが投げた(つもりの)鍵を拾おうと走り出した。


「逃さねえんだよ!」

「おらあ!」


 少女の背後から、二台のゼログラが追う。

 足元を目掛けて、熱線銃をビリビリ見舞いながら。


「わああ! ミヤちゃんっ、なんでこっちに逃げてくるんだよおお!」


 熱線銃を撃ち放ちながら近付いてくるゼログラに、白衣のノリマキ青年が頭をかかえながら恐怖の叫びを上げた。


「ちゃんとキーを投げないからでしょお! それより、来るのが遅いよノリマキくん!」


 小取美夜子は、水面にダイビングをするかのように跳んで地面に落ちている鍵を拾うと、そのまま前転して起き上がった。

 もうノリマキ青年のすぐ目と鼻の先だ。いかに非力か彼の腕。


「だって、だって、『また警察に頼まれて、近いからちょっと行ってくるね』とか、急にいわれたって! それにまさかEMキーを持ち忘れてるなんて思うはずないし! ぼくだから気付いたんだよ! ミヤちゃんオッチョコだからもしかしてって」

「ごめん。……って、ことごとくあたしが悪いみたいじゃないかあ!」

「実際そうだろう」

「なにを!」

「それは後! 来てる! 迫ってるよミヤちゃん!」

「分かってる」


 小取美夜子は素早く振り返ると、追って来ていた二台のゼログラを見上げた。


「では本日二回目のお……気を取り直してえ、いっくぞおおおおお!」


 無骨な右腕を突き上げ叫んだ。

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